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展示デザインが引き出す日本美術の魅力

博物館にデザイナーがいる理由

私が東京国立博物館に入った1999年から数年間は、平成館のオープンや独立行政法人化、本館の大改装など、東京国立博物館にとって大きな出来事が立て続けにあった時期です。特に2004年の本館リニューアルでは、展示体系を一新し、分野別の展示は1階に集め、2階を「日本美術の流れ」として、時代別に見せる展示体系を取り入れました。分野別の展示は、じっくり見たい人や専門家にとっては有意義です。しかし、外国の方や一般の方にとっては専門的すぎて「日本美術とはこういうもの」という全体像の把握には向いていません。そのため、作品を時代ごとに分けて、展示室全体で時代背景や文化も含めて見せていくことにしたのです。この時代別の展示が実現したのは、2001年の独立行政法人化の際に、大幅に組織を変更したことが大きいでしょう。以前は、作品の管理上のこともあって絵画なら絵画、工芸なら工芸と、分野によって組織が完全に分かれていました。そのため絵画の研究員は工芸の蔵には入れませんでしたし、その逆もありませんでした。しかし、それではお客様に楽しんでいただける施設にはならないということで、専門の課を取りはらい、学芸部という部署もなくしてしまったのです。それは学芸員にとっては、かなりショックなことですが、「博物館の学芸員は専門分野だけではなく、博物館全体のことを考えた仕事をしよう」という意識改革の意味も込めて、こういう形態になりました。
時代別の展示は、展示を作る学芸員たちにとって大変な作業です。たとえば、茶道具を展示する場合など、この掛け軸にはこの茶碗、この釜…と、書や絵画、金工、陶磁器など、さまざまな分野が協力しなければ1つの展示が完成しないのです。しかも、日本美術は保存上、年中出しっぱなしにはできません(絵画・書跡などは1年に4週間しか展示できない)ので、年間のスケジュールに沿った複雑な調整が必要です。そういったことは、やはり内部の者でないと難しい。その上で見せ方を工夫するのが博物館にいるデザイナーの存在意義だと思います。また、各分野が調整し、年間のスケジュールを出すことで、「冨嶽三十六景は、この時期に行けば見られる」など、日本美術ファンの心をつかむこともでき、リピーターの増加も期待できます。

照明実験・描かれた秋草の表情が移り変わる
a:フラットな光
b:左右バランスを変化させる
c:夕暮れのような暖かい光に
d:さらに暗くすると金箔の地が浮かび上がる
重要文化財《秋草図屏風》俵屋宗雪、江戸時代、東京国立博物館

日本美術と光の関係

日本美術の魅力を引き出す要素として、照明の力は大きいと感じています。たとえば、ミロのビーナスだと上からスポットライトを当てるだけで良いのですが、日本の仏像は、上から下からと、さまざまな角度から光を当てて試行錯誤しなければ、その作品が本来持っている凄みが出せません。
昨年行った特別展「プライスコレクション 若冲と江戸絵画」では、コレクターのジョー・プライス氏の意向もあり、露出展示や光の変化をつけた展示をおこないました。これは「作品はガラスケースに収め、見やすく均一に照らすもの」という博物館の常識からすれば、かなりの冒険です。その結果わかったのは、日本美術はただ明るく照らすだけでは魅力を十分に引き出せないということです。たとえば、金箔は暗くするほど、金が底光りして眩しいほど鮮やかに浮かび上がります。当時の作家は、作品が鑑賞される状況を計算して、素材や技法を工夫したはずで、それは伝統的な日本家屋の中や、自然の移ろう光の下でこそ真価を発揮するのです。その凄みを、博物館の中で、人工照明で、いかにして引き出すか―。
当館では舞台照明的な装置を展示に組み込み、さまざまな照明実験を繰り返しました。その結果、プライス氏も納得する光を表現することができ、「屏風ってこんなに立派だったんだ」と話す若者の声も聞けました。こういった企画展での成功は、今後、平常展にも取り入いきたいと思っています。少し抽象的になりますが、単純に自然光をまねるだとか、その作品が作られた時代を安易に再現するのではなく、本物の持つ迫力や凄みを技術で裏付けていくことができれば、博物館はもっと面白くなると感じています。

見せながら守るガラス展示ケース

ここ数年、若冲ブームなど、日本美術が見直されはじめています。今年の春、東京ミッドタウンに開館したサントリー美術館も、日本美術中心の美術館です。設計図面の段階で1度見せていただいていたのですが、実際に足を運んでみると、想像以上に作品が良く(美しく)見えたことに驚きました。職業柄、どこの館にいっても、どうしても作品よりも、照明や展示ケースに目がいってしまうのですが、サントリー美術館では、まず作品が目に入ってきた。そういう風に感じさせる展示は、良い展示です。「江戸切子ってこんなに綺麗だったのか」と新たな発見もありました。日本美術は作品が脆弱なので、展示ケースの存在は欠かせません。しかし、サントリー美術館ではその存在すら目立たないように極力消してある。あれはケースメーカーも「展示ケースはどうあるべきか」という考えをきちんと持っていないとできないと思います。
東京国立博物館の現在の本館が再建された昭和13年当時(東京国立博物館旧本館は大正12年の関東大震災で損壊。昭和12年竣工、翌年開館)は、作品がガラスケースに入っていること自体が凄いことでした。あれを見た当時の人は、「ガラスの中に絵が入っているかっこいい博物館ができた!」と感じたはずです。それが全国の美術館・博物館に広まり、現在のスタンダードとなっています。しかし、今や、作品を良く見せるには、ケースの存在感はできるだけ消して、“本物”の臨場感を出しましょうという流れになってきた。それを形にして見せてくれたのが、サントリー美術館だと感じましたね。ガラスケースで守りながら見せる方式の美術館・博物館は、ここまできたかと…。もちろん新築だから思い切った手法がとれたのだろうという部分もありますが、ああいう展示が色々なところで見られるようになれば、日本美術はもっと楽しくなると思います。

東京国立博物館 事業部 事業企画課 デザイン室長 木下史青(きのした・しせい)氏

1965年生まれ。東京藝術大学大学院美術研究科修了。東京藝術大学美術学部デザイン科助手、(株)ライティング プランナーズ アソシエーツを経て、現在、独立行政法人国立文化財機構・東京国立博物館デザイン室長。愛知県立芸術大学デザイン科、女子美術大学芸術学科 非常勤講師。『国宝・平等院展』(2000年)などの特別展の展示を手がける。『東京国立博物館 本館日本ギャラリーリニューアル』(2004年)で平成18年度日本デザイン学会年間作品賞を受賞。著書に『博物館に行こう』(岩波書店)、『昭和初期の博物館建築』(共著・東海大学出版会)。

木下史青氏

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