ミュージアムレポート

HOME > ミュージアムレポート > VOL.16 > 照明は精細に、ケースはシンプルに― 作品の展示と保存に技術の粋を尽くす

照明は精細に、ケースはシンプルに― 作品の展示と保存に技術の粋を尽くす 山種美術館

館長 山﨑妙子さん(右) 学芸部長 髙橋美奈子さん(左)

館長 山﨑妙子さん館長 山﨑妙子さん

学芸部長 髙橋美奈子さん学芸部長 髙橋美奈子さん

近・現代の日本画が並ぶ都心のシンプルな美術館

2009年10月1日、渋谷区・広尾に山種美術館がリニューアルオープンする。近代日本画を「国民の財産」とし、重要文化財をはじめとする実力派作家の作品をコレクションしてきた山﨑種二氏。その名前の頭文字をとった美術館である。リニューアルのキーワードは、「品格と格調」「普遍的な価値」「ゆとりの空間」。千代田区・三番町にあった館は広尾に新築・移転し、文教地区の地域性にもしっくりとなじむ。

所蔵品は1800余点にものぼり、その中核をなすのは近・現代の日本画だ。リニューアル前よりもスペースは約2倍に拡張され、都心にありながら静かな空間で、来館者はゆったりと日本画を堪能できる。

「この美術館は、建築やインテリアではなく、<作品が主体>というのがコンセプトです。美術館の原点に立ち返りました。それを貫けたことが誇りです」。山﨑館長はそう口を開く。

建物自体に強い主張や話題性を持たせる美術館の存在も重要だが、山﨑館長の「作品こそ美術館の主役」という思いは強い。その思いを実現するために、設計者と一緒に日本各地の美術館を見て歩き、先々の学芸員に話を聞きながらリサーチを重ねてきた。

「都内はもちろん全国の美術館に出向きました。中には有名建築家が手がけた建物もありました。それはそれで素晴らしかったのですが、私が主眼を置きたかったのは、祖父・種二が作家とのお付き合いを大切にしながら、『絵は人柄』との思いを込めて集めた日本画を、どうお客様に見せるかということ。ですから、この美術館は、作品の良さが引き立つようなシンプルな構造にしています」。

常設展示室(年に6~7回展示替あり)常設展示室(年に6~7回展示替あり)

作品を際立たせるために展示ケースの機能を徹底追求

しかし、建物をシンプルにするだけで、作品に焦点があたる、というわけではない。山﨑館長は美術館を巡るうち、展示ケースの重要性を強く認識し始めたと言う。

「私はケースの専門家ではないので、見てすぐ良さが分かるわけではなかったのですが、作品の美しさを際立たせるためには、照明や展示ケースが大変重要なんだということを学びました。そこで、国内では一番と評価されているコクヨさんに協力いただいたのです」。

山﨑館長の理想とする展示は、日本画の持つ繊細な魅力を、訪れる人に“体感”してもらう展示。たとえば、大型の屏風や掛け軸を展示するために、壁面ケースに継ぎ目の少ない大きな高透過ガラスを採用した。これによって、室内に一歩足を踏み入れたとたん、作品が目の前に浮かび上がるような印象を来館者に与える。

「最初にこのケースを見たとき、作品を入れたらすごい迫力が出るだろうな、と思いましたが、その通りでしたね」と学芸部長の髙橋美奈子さんは言う。

また、作品の見え方に大きな影響を与える照明や壁面ケースのクロスの色に関しては、さらにこだわりを貫いた。

展示ケースの照明に関しては、来館者に作品に集中してもらうために、光源が直接目に入らないような設計となっており、上部照明には色温度の違う蛍光灯2タイプ、ハロゲンライト、スポットライトにはLEDと、多様な光源を採用した。それぞれの調光の組み合わせによって、日本画の見せ方の演出を変えるためである。

「同じ作品でも、照明の組み合わせによって印象はガラリと変わります。作品を最も良い状態で見せるという基本姿勢は変えることなく、展覧会のコンセプトに応じて照明を自在に切り替えることができれば、同じ絵を二度、三度と楽しんでいただけます。たとえば、今回はろうそくのような光で見せる、次回は自然光のような光で見せる、というように。ケース完成後に見学に来られたミュージアムの展示・照明の専門家から、現代の最高水準のケースですね、とお墨付きをいただきました。うれしかったですね」。

ケース内のクロスをグレー系ではなく、あえて白色系にしたのも、日本画の展示を意識したためだ。一般的には、濃い色のほうが作品に焦点をあてるのに向いている。しかし、日本画は周りの壁の存在を消す必要がない。「絵は住まいの壁にかけて見るもの」という展示理念に沿ったものだ。

しかも、照明の角度やクロスの色がすぐに決まったわけではない。微妙な違いを実際に確かめるために、原寸大の試作をつくり、何度も実験を繰り返した。

「ここまでこだわるのかと思うほど、何度も確かめましたね。おかげで納得づくの展示が実現できました。それにしても、コクヨさんの職人魂には驚かせられました」と山﨑館長。

覗きケースの奥行きを、標準的な600mmから800mmに広げたのも、所蔵品に合わせてである。

「明治以降に描かれた絵巻の作品は、少しサイズが大きめ。これを収めるためには奥行きがどうしても必要でした。ケースは単体でも使えるほか、複数を並べて連結ケースにもできます。継ぎ目のガラスもきれいにつながりますので、絵巻を長く展示するのにも向いています」。

企画展示室企画展示室

企画展示室企画展示室

作品を守り、広く公開する、という使命を果たす。

一方、学芸員が貴重な作品を取り扱いやすくするのも、展示ケースに課せられた重要な要素だ。

「壁面ケース上部にハッチを付けて、そこから電球を引き出せるようにしてもらったので、取り替えがとても簡単にできます。これは便利ですね」と学芸部長の髙橋さん。

ほかにも、照明のオンオフをケース内から外に出したことや、調湿した空気をケース全体に効率よく行き渡らせるため小さなファンを設置するなど、細かな工夫は枚挙にいとまがない。図面だけではわからない部分を、実際に試作をつくりコクヨさんと一緒に確かめながら仕上げることができたことが良かった、と髙橋学芸部長は振り返る。

同美術館では、リニューアルオープン記念として、大正から昭和を駆け抜けた早世の日本画家・速水御舟の所蔵作品120点をすべて公開する特別展を開催する。特に今回の展覧会のために3ヶ月かけて修復され、本邦初公開となる未完の大作「婦女群像」(個人像)は、ぜひ目にしておきたいものだ。

来年には、浮世絵の展覧会を開催する予定。あまり知られていないが、山種コレクションには、古筆、古画、浮世絵などの作品も多く存在する。10数年ぶりに公開される作品もあり、話題となりそうだ。

「所蔵している浮世絵を専門家に見ていただいたところ、保存状態が大変良いとても貴重な資料だと高く評価してくださいました。浮世絵は “刷りの早く色の残りの良い”ものが希少とされていますが、そのような作品が多いのも当館の特長です。日本に唯一と言われる作品もあり、改めてコレクションの重要性を実感した次第です。来年、そんな作品をみなさんにご披露できることをとても楽しみにしています」。

美術館の運営者は、作品の「保存」と「公開」という矛盾にいつも悩まされる。特に日本画や浮世絵はデリケートなので神経を使う。しかし、そのふたつを叶えられる展示ケースを手に入れられたことは、美術館にとって大きな収穫、と山﨑館長。今後は、ケースの良さや機能を生かした展覧企画を、たくさん考えていきたい、と意欲を見せる。

ミュージアムのご紹介

〒150-0012 東京都渋谷区広尾3-12-36
山種美術館
ホームページ http://www.yamatane-museum.or.jp

↑ページの先頭へ