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人・芸術・文化が交差し、新たな発見と創造が生まれる あべのハルカス美術館

あべのハルカス美術館お披露目展示 2014年3月7日~9日

超高層ビル初、国宝・重要文化財も展示可能な都市型美術館が誕生

2014年3月初旬に全面開業し、大阪の新名所として連日多くの人で賑わう日本一の超高層複合ビル「あべのハルカス」(地上60階建て・地下5階)。その16階にある「あべのハルカス美術館」は、国宝や重要文化財の展示も可能な本格的な都市型美術館だ。

近畿日本鉄道(近鉄)・南大阪線のターミナル「大阪阿部野橋」駅の真上にそびえ、美術館のほかに展望台やホテル、百貨店、オフィスなどが集積する「あべのハルカス」には、男女年齢問わずさまざまなライフスタイルや感性を持つ人々が集まる。そのため同館はより多くの人々に気軽に美術館に立ち寄ってもらえるように、平日は夜8時まで開館。企画展を中心に、近鉄沿線の文化財や日本・東洋美術、西洋美術、現代アートまで、幅広い時代やジャンルの展覧会を計画している。また、館の運営主体の近鉄が所有している絵地図や写真などの資料も、展覧会の内容にあわせて活用していくという。

「当館は近鉄が運営する美術館ですので、沿線の文化の検証を考えたとき、沿線の寺社や文化財の紹介はかかせません。寺社や他館が大切にしている宝物の中には、当然、国宝や重要文化財などの指定品も含まれます。それらをお借りして展示するわけですから、展示室内や展示ケース内の温湿度や空気環境を整えることはもちろん、美術品を運ぶときは搬入経路から関係者以外をシャットアウトするなど、ビル全体の運営マニュアルも整備しました」と同館副館長の米屋優さんは語る。

また、高層階にある美術館で一番警戒すべき地震の揺れに対しては、ビル自体に最新鋭の耐震・制振技術が施され、震度7クラスの地震を想定して何重にも対策がとられている。たとえば、あべのハルカスの建物を外から見ると、ちょうど15階に三角形の大きな鉄骨が見える。この鉄骨には建物の変形を抑える働きがあり、その真上にある美術館は、建物の中でも揺れが少ない場所だという。

「建物自体の地震対策のおかげで、地震の速い揺れについては、ほとんど心配がないと言っていいぐらいです。しかし、高層ビルならではの長周期のゆっくりとした揺れに対して、移動展示ケースがどのように動くのかは、注意して考えておく必要がありました」。

副館長 米屋 優さん

移動展示ケースが建物の床と一緒にゆっくり動く分には、展示ケースや中の作品が倒れてしまうリスクは少ない。そのため同館の移動展示ケースは、重心をできるだけ低くして床に追従するように、展示ケースの下部に数百㎏ものウェイトが入っている。また、展示ケース内に免震装置を入れると建物の制振構造と共振して揺れが増幅する恐れがあるため使用せず、かわりに展示ケースの足元に通常の倍の太さのアジャスタを採用し、しっかりと床に安定させて耐震性を高めている。

これまで16階という高層階で、国宝・重要文化財などの指定品を展示した例はない。美術館開設にあたっては、開館の何年も前から文化庁や東京文化財研究所に相談し、ビルの設計施工を担当した竹中工務店、展示ケースの設計施工を担当したコクヨファニチャーとも、地震対策、空気環境などあらゆる角度から慎重に協議を重ねたという。開館記念特別展の「東大寺」展を開催する際には、「東大寺」展用の会場レイアウトに可動壁を動かし、展示ケースも所定の位置に配置してから、場所ごとの温湿度のデータを文化庁へ送り、お墨付きを得た。

通常の覗きケースのアジャスタは4隅にあるが、同館の覗きケースは6本のアジャスタでケースを支えている。

低反射フィルム貼りの高透過ガラスと、LEDの光でクリアな鑑賞環境を確保

美術館の開館にあたり、同館に導入された展示ケースは、展示室の壁一面に広がる全長31mの壁面展示ケースと、大型ハイケース、行灯ケース、平型覗きケースなどの移動展示ケースが計20台。展示ケースのガラスには、透明度の高い高透過ガラスが使われており、さらにガラスの内側と外側に反射を抑える低反射フィルムが貼ってある。おかげで、同館の展示ケースはガラスに顔を近づけても、自分の顔が映ったり、展示室内の照明や向かい側の展示ケースの光が映り込んだりすることがほとんどない。実際、展示ケースの前に立つと、ガラスの存在を忘れてしまいそうになるほどだ。

また、同館の展示ケースの照明は、LEDが採用されており、照度や色温度を細かく調整できるため、作品に合わせた最適の鑑賞環境を作り出すことができる。

「蛍光灯の光だと、どうしてもぼやけて見えてしまうのですが、LEDは作品にピシッと光があたる印象ですね。デリケートな作品を展示する場合、作品の保護のため照度を低くする必要がありますが、LEDではルクス数をかなり落としても、素材の絵の具の色などもよく再現していますし、細かい部分まではっきり見えます」。

美術館開館を記念した特別展「東大寺」展を訪れた人からも、「とても見やすかった」「色がきれいだった」などの感想が寄せられているという。

さらに今回、同館の壁面展示ケースには、リモコン調光器が採用されている。通常、調光作業は展示ケースの腰内の調光器で調整し、全体や局所の光のバランスは、調光器から離れて確認しなければならない。あるいは二人一組で作業する場合は、一人が調光器のスイッチを調整し、一人が展示ケースの前で光の調子を見ながら声を掛け合い調整していく。しかし、今回導入されたリモコン調光器を使えば、一人で調光器を持ったまま、展示ケースに近づいたり離れたりしながら手元で照明の調整が可能だ。

「31mもの長さの展示ケースなので、この場所には軸物や絵画、あそこには台を入れて仏像を展示する、など分けて使うことが多くなります。そうすると、場所ごとに違った光のシーンを作ることができないと困ってしまいます。この壁面展示ケースは31mを4ブロックに分けて、ブロックごとにここは上部照明だけとか、ここはスポットライトと下部照明だけとか、それぞれ照度や色温度を調整でき、しかも、調整したシーンを記憶させることができます。毎回照明を調整する必要がなく、リモコンのボタン1つでシーンを呼び出せるので、とても助かっています」。

開館記念特別展覧会「東大寺」
釈迦如来坐像・多宝如来坐像(奈良時代)

開館記念特別展覧会「東大寺」
『第一章 東大寺創建と東大寺の伝説』展示風景
映り込みがほとんどなく、ガラスの存在を感じさせない。

壁面展示ケースには、上部に3灯のLED照明と、その少し下に1灯のLED照明、LEDスポットライト。下部に1灯のLED照明の計4種類の照明が導入されている。それらを調光・調色して組み合わせることで、作品に応じた最適な光のシーンを作ることができる。

リモコン調光器を使えば、手元で調光・調色ができるうえ、設定したシーンをあとから呼び出すことも可能だ。

展示ケースは個性を主張せず、どんな作品にも合うものを

同館では「あらゆるアートを、あらゆる人に。」をテーマに、さまざまな展覧会を計画している。「東大寺」展の次の展覧会は、仏教美術から一転し、イタリアの貴族のコレクション「ミラノ ポルディ・ペッツォーリ美術館 華麗なる貴族コレクション」展である。

展覧会の内容はその時々で変化する。したがって展示ケースに入れる作品は、種類や大きさもさまざまなため、同館の覗きケースと大型ハイケースは、それぞれを何台でも連結して使えるようになっている。また、大型壁面展示ケースは、ガラスの見える範囲を展示ケースの本体パネルと同じ色のアルミパネル(視覚調整脱着パネル)を取り付けて調整できるなど、1つの展示ケースを幾通りにも使える工夫がなされている。

「たとえば、壁面展示ケースに茶碗や工芸品などの小さなものを並べて展示する場合、展示ケースの上部分の空間はそれほど必要ありません。ガラスに黒いシートを貼って隠す方法もあるのですが、当館の場合は低反射フィルムを貼ってあるため、その方法は使えません。どうしようかと考えていたところ、コクヨさんから根津美術館でも採用されている視覚調整脱着パネルをご提案いただいたのです」。

また、展示ケースのサイズや内装のクロスや金物の色、中に作品を入れたときの照明のあたり方は、関係者一同が工場へ集まり、初回は、実物大の木製模型で移動展示ケースのサイズ感をチェック。壁面展示ケースは、実際の金物やクロス、照明を使用して幅6m程度の実物を作り、展示物の見え方、展示ケースの意匠、操作性などを確認し、2回目に初回で出た修正点の再確認をおこなうという、理想的なプロセスがとられた。

実物大で確認すると、「行灯ケースの展示面の高さが車椅子の方には高すぎるのでは」「覗きケースの深さはもう少し浅いほうが見やすいんじゃないか」など、図面では気づかなかった発見があったと米屋副館長は話す。

壁面展示ケース通常時

視覚調整脱着パネル装着時

設計段階で900mmに設定していた展示面の高さは、車椅子の方からも見やすいように850mmに低くした。

買い物や仕事帰りに、気軽に立ち寄れる美術館をめざす

同館の展示ケースで、もう一つ大きさを工夫しているのは、大型ハイケースの横幅である。壁際の柱と柱の間に大型ハイケースをおさめて可動壁でふさぐと、臨時の収納場所となるように柱の間隔と展示ケースの横幅を合わせているのだ。

「これは最初からそうしたいと設計段階からお願いしていました。というのも、使わない展示ケースをどこに片付けるのかは、長年学芸員をやっていると、つねに頭を悩ませる問題なのです」と米屋副館長は打ち明ける。

もちろん倉庫には本来の置き場所がある。しかし、展覧会が終ってすぐに次の展覧会が迫っている場合などは、1週間~10日で会場をすべて作り変えなければならない。大型ハイケースは、地震対策のウェイトも含めると1.6トンにもなり、いざ動かすとなるとなかなか大変な作業だ。ウェイトは取り外して別々に動かせるように工夫してあるが、それでも移動距離が最短ですみ、ぱっと片付けられるというのは、かなり重要なことだという。

同館は、展覧会ごとに展示室の可動壁を自由に動かし、展示空間自体をまったく違うレイアウトに変化させることができる。「東大寺」展に行った人が別の展覧会へ行くと、その違いに驚くはずだ。しかも、壁面展示ケースの反対側の壁は、ビルの意匠性を考え、実は全面ガラス張りの窓になっている。通常は遮光壁と可動壁の2重でさえぎってあるが、壁を動かせば外光を取り入れた展示も可能だという。

実際には美術品は紫外線を嫌うものが多く、ガラス張りの空間で展示可能なジャンルはそれほど多くない。また、ガラスと遮光壁の間には熱がたまるため、そこだけ展示室内とは別系統の空調で温湿度管理がされるなど、壁でしっかりと囲んでしまえば、考慮しなくてもよい対策もとられている。それでも可能性を残しておけば、何年か後にガラス張りの展示室での展覧会が見られるかもしれないという楽しみが広がる。

あべのハルカス美術館は、複合ビルの中の美術館のため、ビルに集まる人は美術に興味がある人ばかりではない。美術に関心の高い人が「今日はあの美術館へ行こう」と、わざわざ出かけていく郊外型の美術館とはその点が違う。だからこそ、さまざまな企画展を開催し、間口を広げる必要があるのだ。

「展望台を見に来たら、展望台エレベーターと同じフロアに美術館があって面白そうだから寄ってみたとか、仕事帰りにちょっと美術館でほっとして帰ろうというように、気軽に立ち寄って、知らなかった世界と出会える。あべのハルカス美術館がそんな場所になれたら嬉しいですね」。

ミュージアムのご紹介

〒545-6016 大阪市阿倍野区阿倍野筋1丁目1-43 あべのハルカス16階
あべのハルカス美術館
ホームページ http://www.aham.jp/

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