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県民とともに成長する世界でここにしかない美術館

1階 アトリウム

日常的にアートと出会える解き放たれた空間

2015年4月24日にオープンした大分県立美術館(通称OPAM、オーパム)は、美術館の概念を一新する全面ガラス張りの開放的な建物である。設計は、建築界のノーベル賞と言われるプリツカー賞を受賞した坂 茂。建物上部の外壁は大分県の代表的な工芸品である別府の竹工芸をイメージし、内装には県産の杉や日田石、七島藺(シットウイ)の畳表など県産材がふんだんに使われている。

従来、大分県の美術館としては県立芸術会館があった。しかし、開館が1977年で施設が老朽化し、手狭になってきたことに加え、約5,000点のコレクションを常時、紹介できる展示スペースが確保できないことなどから、新しい美術館が求められていた。また、県立芸術会館は県民のためのギャラリーの性格が強かったため、それに代わる本格的な美術館として大分県立美術館が建設された。

最も重視した点は、敷居を低くして、誰でもいつでも気軽に立ち寄れる美術館にすることである。全面ガラス張りで中が見えるようにしたのはそのためだ。マルセル・ワンダースや須藤玲子、ミヤケマイの現代アートが並ぶ1階のアトリウムへの出入りは自由で、外光の降り注ぐモバイルカフェでくつろぐ人がいたり、買い物帰りに子供連れで現代アートに触れたり、街中のオアシスとして利用されている。1階のアトリウムとは区切られた残りのスペースは企画展示室である。

2階は、情報コーナーやアトリエ、体験学習室、研修室など教育普及部門のスペースが並ぶほか、食事のできるカフェも併設されている。

3階はコレクション展示室と企画展示室からなり、コレクション展示室では厳選されたコレクション作品が、約2ヵ月に一度の展示替えで常設展示されている。コレクションは主に大分県にまつわる美術品や工芸品など。江戸時代後期から明治・大正にかけて流行した「豊後南画」や、大正・昭和の大分県出身の作家の近代日本画、洋画、彫刻、さらには、別府の竹工芸作品から日田の民陶まで、非常に多彩で幅広い。大分県の美術・工芸の層の厚さ、ポテンシャルの高さを物語る。

開館を記念する第1回企画展では、モダン百花繚乱「大分世界美術館」と銘打ち、大分の文化を象徴する作品と、世界的に知られた美術館の名作、あるいは日本を代表する美術館のさまざまな名品との出会いの場が演出された。

続く第2回企画展は一転して、「進撃の巨人展」と「『 ( ) く!』マンガ展」。「進撃の巨人」の原作者である諫山創が日田市出身であることにちなんで作品を紹介しながら、「『 ( ) く!』マンガ展」ではマンガづくりのテクニックを解説。ちょうど夏休みと重なるので、小学生・中学生に美術館を身近に感じてもらう機会にできればと考えている。

2階の情報コーナー

副館長兼学芸普及課長
加藤 康彦さん

フレキシビリティの高い空間で既成概念にとらわれず作品を展示

「現代アートは絵画や彫刻だけでなく、マンガや映像など非常に多様化しています。果てはアートかどうか判断できないような作品もあります。どのような作品も適切に展示できるよう、フレキシビリティを重視しました」と副館長の加藤さんは語る。

コレクション自体が多様な上に、今後、様々なジャンルの企画展を予定しており、また、県立芸術会館を継承した県民ギャラリーとしての利用もある。いずれにも柔軟に対応しなければならない。そのため、展示室の壁面や展示ケースの躯体はすべて真っ白にした。どんな個性ともぶつからずに受け入れるには、白しかない。いわゆる、ニュートラルなホワイトキューブである。また、自在に展示室をレイアウトできるように移動間仕切り壁を導入。企画展に合わせてフロアを区切り、小さな展示空間をいくつも作りながら、動線を確保することができる。

モダン百花繚乱「大分世界美術館」展での展示は新見館長の強い意向により、外部のデザイナーに委託して、既成概念にとらわれない斬新な方法がとられた。たとえば、壁面にかかる絵画は通常、高さを揃えて展示されるが、ここではあえて作品ごとに高さを変えて展示している。来館者が一品ずつを鑑賞しながら歩みを進める際に、作品に向ける視線が自然な動きになるように高さを変えているのだ。変化をつけることで、感性を触発させる効果もある。

当館のコンセプトのひとつでもある「出会いのミュージアム」を具現化する展示方法として、出会わせる作品同士を横に並べて、比較鑑賞できるような展示も行っている。モダン百花繚乱「大分世界美術館」展では、地元の画家である宇治山哲平の抽象画とオランダのモンドリアンの抽象画を隣同士に並べ、それぞれの背景の壁面を赤と青に塗り分けて、対比させた。新見館長の言うところの“対決コーナー”である。見慣れた作品も並べて比較鑑賞する対象があれば、新たな気づきがあるものだ。こうして作品と深く向き合う機会を提供している。

作品展示に関して、もうひとつ驚くほど改善された点をあげるとすれば、照明だと加藤副館長は言う。作品ごとに微妙に調光、調色できるので、以前にはあり得なかった光が手に入るようになった。作品に光を集中させることも、壁全体を照らすことも、たやすく選択できる。作品ごとにライティングを変えても、フロア全体で光のムラを感じない。しかも、照明が当たっていることを意識せず、来館者はごく自然に作品を眺めることができる。

このような新しい展示環境を作るに際して、コクヨファニチャーは独立型展示ケースと移動間仕切り壁を収めた。展示と保存の両立はもちろんのこと、扱いやすさまでが十分に配慮され、加藤副館長はたいへん滿足している。

「コクヨさんは非常に熱心に取り組んでくれました。また、その背景に確かな知識や経験に裏付けられたプロの技量を感じました。ミュージアムの設備・機材は日進月歩なので、学芸員が最先端を追い続けることはできません。その点、コクヨさんからは常に的確な提案があったので、安心して任せることができました。」

1階 企画展示室A
モダン百花繚乱「大分世界美術館」展示風景
赤の壁にはモンドリアンの抽象画、青の壁には宇治山哲平の抽象画が並び、比較鑑賞できる。

1階 企画展示室A
モダン百花繚乱「大分世界美術館」展示風景
絵画の高さは不揃いで、変化に富んでいる。

学芸員同士で議論を重ね、新しい受け皿を作り続ける。

展示と保存に並び、美術館の機能である教育普及活動でも、大分県らしい独自のプログラムを組んでいる。ユニークなものはいくつもあるが、そのうちのひとつに、大分県の各地で取れた石から顔料をつくり、ドローイングするという取り組みがある。まさに、ローカル・カラーだ。

もともと芸術表現は暮らしに根ざしたもので、地元の自然や風土と結びついている。良質の竹や土が取れたから、竹工芸や陶芸が生まれた。このような観点から、大分県ならではの教育普及活動を続けていきたいと考えている。

こうした斬新でユニークな美術館活動は、学芸員の特徴的な構成にも支えられている。加藤副館長を含め数名の学芸員は県立芸術会館から異動してきたが、その他に全国各地から学芸員が集まっている。得意分野も経験も様々で、作品の選定や展示の仕方を巡りいったん議論が始まると、収まらないこともある。しかし、時間はかかるが、とても有意義なことだと加藤副館長は考える。

アートはどんどん進化している。学芸員も現状に立ち止まっているわけにはいかない。仕事をルーティンに流さず、意識を眠らせないためにも、意見を戦わせることは重要なことだ。

大分の豊かな美術・工芸を発信する、世界でここだけにしかないミュージアムに大分県立美術館を育てたい―。

新見館長の想いである。そのためにも、学芸員たち自らが新しい風を起こさなければならない。

オープンしてまだ1ヵ月足らず。評価するには早すぎるが、ただ少なくとも、多くの人が集い、活用する場所になってきたと加藤副館長は言う。情報コーナーで調べものをしたり、モバイルカフェでパソコンに向かったり、アトリウムでは子どもたちが遊んだり。夜になると、須藤玲子の作品《ユーラシアの庭「水分峠の水草」》は大きな雪洞のように光が灯り、その下で写真を撮るカップルもいる。

美術館のオープンはスタートに過ぎない。幸い、最近ではTwitterやFacebookなどのSNSで、美術館に対する感想や意見やときには批判などがたくさん発信される。批判されるのも、つながっている証拠。それらの声に耳を傾けて、県民とともに大分県立美術館が成長していくのは、これからである。

夜になると若いカップルが写真を撮る姿も見られるアトリウム

ミュージアムのご紹介

〒870-0036 大分県大分市寿町2番1号
大分県立美術館(OPAM)
構造/鉄骨造一部鉄筋コンクリート造
規模/地下1階+地上3階(一部4階)
設計/株式会社 坂茂建築設計
ウェブサイト http://www.opam.jp

外観

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