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リニューアルを機に本来の考古学にさらにフォーカス

展示環境を刷新するとともに館の打ち出し方も一新

東京国立博物館・平成館1階の考古展示室が2015年10月14日にリニューアルオープンした。本来のテーマである考古学を前面に出した展示内容へとリニューアルし、それに合わせて内装と展示ケースを全面的に改装したのである。皇太子殿下のご成婚を記念し、1999年に開館して以来、16年ぶりのことだ。

この時期にリニュールを行ったのは、年月が経ち、展示ケースがかなり旧式になったからだ。東京国立博物館は平成館の他、本館、東洋館、法隆寺宝物館、黒田記念館など複数の館から成るが、展示ケースのガラス一つとっても、低反射ではない旧式のガラスが残っていたのは平成館だけだった。また、近年の東京国立博物館では「展示ケースはできるだけ邪魔になる要素を削ぎ落として、展示物を主役にする」という考え方で全館を運営しているが、その点でも、平成館は改善の余地が大きかった。そこで、今回の全面改装となったのである。

リニューアルに際しては、目に見える環境を変えただけでなく、考古展示室の打ち出し方もこれまでの方針を一新させた。
「1999年の開館から16年が経ち、考古展示室の役割を見直す時期にきていると考えていました。たとえば、従来は美術的な観点も混在した展示でしたが、2003年から本館の日本ギャラリーでも『日本美術の流れ』という通史的な展示が始まりました。そこで今回のリニューアルを機に、美術的な観点はそちらに任せて、考古展示室では本来のテーマである考古学を前面に出した展示に替えていく予定です」と、学芸研究部調査研究課、考古室長の白井克也さんは語る。

特に、東京国立博物館の特徴として「仏教考古学」という明確なテーマ性を持ったコレクションがある。あまり世に知られていない特定の一分野なので、従来はあえて積極的に取り上げず、どちらかというと教科書に載っているようなポピュラーな考古資料を中心にしていた。しかし、これからはもっと東京国立博物館ならではの特色を強く打ち出していく考えである。

重要美術品である「押出蔵王権現像」。平安時代の山岳信仰を象徴する作品だが、手のひらに収まる小さなサイズなので、一般の来館者にはカワイイと評判である。

フレームレスの全面ガラスで展示室内がスケールアップ

今回のリニューアルでは、展示室の床と壁を一新した。床は木の素地を活かして温かみを出し、壁は全面、黒とダークグレーの無彩色とした。考古資料は、土器であっても青銅器や鉄器であっても、時代を追って微妙に色合いが変わるので、それを際立たせるためには、無彩色が望ましいと考えたからだ。その上で、展示ケースの外装も壁面と同じ黒とダークグレーに統一し、展示ケース内のクロスもライトグレーを基調とした無彩色にした。
「一般的に考古学と言えば、土色やクリーム色のイメージがあります。土の中から発掘されるので、そんなイメージになるのだと思うのですが、今回は先入観を捨てて、無彩色にしました。結果、展示物のフォルムがくっきりと出て、非常に見やすくなったと思います」と白井さん。

さらに、展示ケースの機能と性能を大幅に向上させた。展示ケースのうち、壁面展示ケースの改修については、照明部分を除いてコクヨに依頼。既存の壁面展示ケースが16年前の新築当時にコクヨから導入したもので、細かな設計や仕様を熟知していること。さらに、前年2014年春に本館日本ギャラリー1階の分野別展示室15・16・18室の展示ケースをコクヨが手がけており、その実績を高く評価しているからである。

壁面展示ケースは、考古展示室の周囲四面の壁面全面(出入口部分を除く)と、展示室中央に位置する2か所の間仕切り壁の両面に設置され、総全長は約150mにも及ぶ。中でも北側の壁面は端から端まで約43mと長大である。それらすべての壁面展示ケースについて、主たる構造部だけを残して、操作のための機構部、内装下地、照明、ガラスをすべて刷新した。

従来の印象を大きく変えたのが、ガラス面に設けられていた縦枠をすべて取り除いたことだ。「邪魔になる要素を削ぎ落とす」というコンセプトに沿ったものである。北側壁面の約43mの展示ケースも1枚の幅5m超のガラス8枚からなっており、全面ガラスで縦枠は一切ない。しかも、低反射フィルムが施されている。照明をLEDに替えたこともあって、手を差し出せば展示物に届きそうな感覚で、身近に鑑賞できるようになった。
「来館者の中には以前より展示室が広くなったようですね、と評価してくれる人もいます。しかし、改装しただけなので、物理的に広くなっているはずがありません。以前はガラス面自体が、縦枠もあって、壁のような印象だったのだと思います。つまり、ガラスの壁の向こうに展示物があった感じ。それがガラスの存在感がなくなり、本来の壁が壁だと認識され、展示物が手元で鑑賞できるようになりました。だから、広くなったと感じるのだと思いますが、こんな声をいただけるとは思っていませんでした。非常にありがたいことです」と、白井さんは喜ぶ。

また、開口部に当たるガラスを完全に横にスライドし切れば、ガラス1枚分の約5m幅を開口できるので、展示物を非常に取り扱いしやすくなったと言う。

新たな展示方法を検証し、さらにレベルアップを図りたい。

考古展示室に一歩足を踏み入れれば、トーハクのプリンスこと「埴輪 挂甲の武人」(国宝)に出迎えられる。そこから右手に入室して壁面に沿って進んでいくと、旧石器時代から始まり、縄文時代、弥生時代、古墳時代、飛鳥、奈良、平安、中世と続いて、最後は江戸時代に至るまでの考古資料が時代順に壁面展示ケースに並ぶ。展示室を一周すると、日本の通史を追えるようになっている。このレイアウトは、基本的に従来を踏襲したものだ。メインストリームは壁面展示ケースで見てもらい、それに対応する形で、個別のトピックは中央の独立展示ケースで見てもらうという考え方である。

フロアレイアウトの基本は踏襲しているが、個々の展示方法については、様々な新しい工夫がなされている。そのいくつかを紹介しよう。

まず、中世の板碑(石製塔婆の一種)のいくつかは、初めて展示されるものである。寝かせて展示するのではなく、当時の状況を再現するために垂直に立てて展示し、リアリティを追求した。また、LED照明により、板碑表面のディテールもクリアに鑑賞できる。

鎌倉・室町時代における武家の供養碑である板碑を当時の状況を復元して立体展示。板碑に刻まれた銘文から社会背景などを解説

6世紀終わりの初期寺院出土瓦から聖武天皇の時代の国分寺出土瓦まで、瓦の葺き方がイメージできる状態で展示

同じように、瓦も実際に屋根に葺かれている状態に近い形で展示されている。最近の若い人は、そもそも瓦の使われ方をよく知らず、ここでもリアルな展示が評判を呼んでいる。

平安時代のコーナーは、前述の白井さんの言葉にあるように、あえて一般的な平安時代のイメージから外れて、仏教考古学に焦点を当てた展示にした。このあたりから考古展示室の特色を打ち出していきたいと白井さんは言う。
「展示環境が大きく刷新されて、これまでできなかった展示ができるようになりました。積極的に新たな工夫を採り入れ、来館者にどう受け入れられるのか。それを検証しながら、より良い展示を追求し続けることが、今後の私たちの使命だと考えます」と、白井さんは締めくくった。

平安時代の山岳信仰や末法思想を代表する仏教考古学の資料類。山岳信仰の代表的な霊場として著名な奈良県大峯山頂や栃木県日光男体山の山頂から出土したものである。

ミュージアムのご紹介

〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9
東京国立博物館/平成館
ウェブサイト http://www.tnm.jp/

外観

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