ミュージアムレポート

HOME > ミュージアムレポート > VOL.34 > “見せる”ことを追求し 日本刀の美術性を伝える。

“見せる”ことを追求し 日本刀の美術性を伝える。

国の宝である日本刀を人々に伝え継ぐために

「日本刀は武器のみにあらず、日本を象徴する美術工芸品である」。この思いを受け継ぎ、日本刀の価値を広く知らしめるため、2018年1月19日、東京・両国に刀剣博物館がリニューアルオープンした。同館の歴史は戦後間もない頃にまでさかのぼる。敗戦時、日本刀は占領軍に危険な武器と見なされ、一度は壊滅の危機にさらされた。それを救ったのが、本間順治と佐藤貫一という二人の刀剣研究家だ。冒頭の思いは、この二人が訴え続けた言葉であり、1948年、刀剣博物館を運営する日本美術刀剣保存協会が設立されるきっかけとなった。

同協会は当初、東京国立博物館の一室を間借りしていた。しかし1968年、「日本刀の保存と公開」の二つを目的とし、代々木に独立した施設「刀剣博物館」を設置。以来、半世紀近くにわたって日本刀の発信拠点を担ってきた。だが歳月の流れとともに建物は老朽化。そんな折に起こったのが2011年の東日本大震災だ。このとき、展示物に被害はなかったものの、展示ケースがゆがむなどの手痛いダメージを受けた。これを機に同協会は、刀剣博物館の移転・新設へと大きく舵を切った。

刀剣博物館が所蔵する展示可能な日本刀は、およそ200振。刀装・刀装具、甲冑、古伝書などを含めると、日本刀に関連する所蔵品は日本最多を誇る。中には国宝が3点、重要文化財が7点。数ある美術工芸品の中で、国宝指定数がダントツに多いのが日本刀だという事実を考えると、刀剣博物館は、国指定文化財を多く展示する機会を有す貴重な博物館の一つと言える。主任学芸員の久保恭子さんに、博物館の新設にまつわるいきさつや、日本刀展示のポイントについてうかがってみよう。

「新刀剣博物館は、国が文化財の公開に適した施設と認める『公開承認施設』を念頭においています。その分、建物を建てるときの基準が厳しく、勿論収蔵庫や展示室、展示ケースと、文化財の適応環境としてクリアしなければならない項目もたくさんありました」と久保さん。

また、移転・新設のとき、同博物館は「日本刀の保存と公開」という目的のほかに、ある使命を帯びることになった。それが「まちに開かれた施設」であるという使命だ。同博物館が移転したのは墨田区の旧安田庭園。このとき、「庭園を訪れる人が気軽に立ち寄れる博物館」「地域との連携・歴史の継承」「刀剣を通した日本文化の情報発信と交流」の3つの柱が博物館のコンセプトとして掲げられた。

しかも、かつてその地にあり、惜しまれながら解体された両国公会堂の佇まいを継承するために、建物の最上階に置かれた展示室の屋根を半円筒状の曲面とし、丸みを帯びた外観デザインにすることが決定。その結果、展示室としては異例の約6mもの高い、曲面天井をもつ施設となった。「この空間を使って日本刀をどう展示するか。それが私たちに課せられた課題でした」と久保さんは振り返る。

主任学芸員 久保 恭子さん

細部までくっきり見せる展示で日本刀の価値を発信

日本刀の美しさは大きく「姿」「地鉄(じがね)」「刃文(はもん)」によって味わうことができる。まず「姿」だが、日本刀は「湾刀鎬造(わんとうしのぎづくり)」という独特の形状をしている。湾刀とは反りがあること、鋭く研ぎ澄まされた刃の部分と、刃の反対側である「棟(むね)」との間に稜線があることが鎬造の特徴だ。「地鉄」とは、簡単に言えば刀身本体の地肌の様子、テクスチャーだ。目を凝らして見ると、縞状の肌、木目調の肌など、さまざまな風合いが浮かび上がる。そして、「刃文」とは、白い刃部を構成している模様だ。その表現は実に繊細であり、同一のものはふたつとない。

これらが人の目にはっきりと映ったとき、日本刀はその芸術的価値を見る人に伝えることができると久保さん。逆に、人の目に映らなければ、本来の価値が伝わらなくなる。つまり、「姿」「地鉄」「刃文」の繊細な部分まで来館者に"見せる"展示こそが、日本刀の博物館がどうしても果たさなければならないミッションなのだ。

このミッションをどうやって達成するのか。そのために行ったのが、三度にわたるモックアップによる検証だ。展示室の内装と展示ケースを組み合わせた原寸大のモックアップを囲み、展示ケースの専門家であるコクヨと学芸員である久保さんや設計担当者なども交えて、「日本刀の見え方」を何度も検討した。壁面展示ケースは2種類の内装材料を用意して比較。外装については、空間にふくらみや柔らかさが出るよう、ブラックではなく、明るく見えるグレートーンのカラーでまとめ、ケース内装は日本刀が映える濃紺色のクロスを敷いた。

検証の中で最も重要だったのは「照明」である。これをいかに工夫するかで、日本刀の見え方はガラリと変わる。ギラギラとした輝きを誇張する照明だと、微細な地鉄や刃文の風合いが見えなくなる。色温度も重要な要素。ケルビンの数値が低くなれば赤みや黄みが強まり、高くなれば白みや青みが際立ってくる。日本刀の刀身をどの色味で照らせば、その表情を最大限に浮かび上がらせることができるか、検討に検討を重ねた。

そうやって出来上がったのが、今回の展示室だ。日本刀の鑑賞に集中できるよう、展示ケースの開口高さを2.4メートルまでしぼり込み、斜め上部からスポット照明を当てた。「展示室の半円筒形の曲面天井の端部は、壁面展示ケースの手前に垂れ下がる『垂れ壁』を形成しています。この背面にスポット照明を潜ませることで、展示室をすっきりと見せることができました」。なおケースに映り込む照明器具の光を極力抑えるため、モックアップにて検証したフードを取り付けて解決を図った。

また、短刀を展示するケースでは、地鉄や刃文がはっきりと見えるよう、作品を横ではなく縦に配置。さらに、スポット照明をケース内の背面上部に設置するという業界初の試みによって、刀の持つ味わいを視覚的に浮かび上がらせることに成功した。これらもまた、モックアップ検証を重ねた末に導き出された工夫だ。

久保さんはしみじみ言う。「学芸員一人では、こうした展示はとても実現できません。私は建物のプロでもなければ、照明のプロでもない。電球選び一つとっても知識に限界があるんです。しかし、建築のプロである槇総合計画事務所さんと展示ケースのプロであるコクヨさんに入ってもらい、いっしょに展示を考えていただくことで、私が思い描く展示のコンセプトをカタチにしてもらうことができました。博物館の"内の能力"だけでなく、外部のエキスパートによる"外の能力"を取り入れることで、よりベストな展示に近づけることができるのではないでしょうか」

傾斜型の覗きケースで、スポット照明をケース内の背面上部に設置するというのは、業界初の試みである。

直球勝負、変化球の二本立てで幅広い層の興味を引く

同博物館は2018年1月19日から、オープン記念企画展として、現代の刀職者による「新作名刀展・刀剣研磨外装技術発表会」を開催している。展示室にズラリと並ぶのは、同協会が毎年行っているコンクールで入選・入賞した作品の数々。移転してスペースも1.3倍ほどに広くなったことから、全入選作品をお披露目することにしたと言う。

なぜ国宝級の古刀ではなく、現代作家のフレッシュな作品を展示することにしたのか。これについて久保さんは「移転後最初の企画展となるので、重厚感のある古刀より、みずみずしさのある現代作家の作品をまずお見せしたいと思いました」と語る。さらに、刀剣だけでなく、鞘(さや)などの刀装や研ぎのコンクールで入選した作品を同時展示することで、広い範囲の人に見てもらえるところも意義深いと話す。「会期中には、刀匠や研ぎ師のみなさんがギャラリートークや実演イベントを行ってくださいます。まずは現代に活躍する作家さんとともに盛り上げ、そのあとに、日本刀の深い美を分かっていただけるようなずっしりとした展示を行いたいと思っています」

もちろん、国宝や重文はじめ著名な日本刀を集めた特別展も、いずれは開催する予定で準備を進めている。また、長年の日本刀愛好家だけでなく、芸術に触れたい色々な人々に魅力的な展示を企画したいと意気込む。「例えば、テーマに沿い日本画や書、焼きものなどと日本刀をコラボさせた企画展などです。いろいろな角度から日本刀に興味を持っていただけるよう、別のファクターから日本刀を照らすような展示をしてみたいですね。これからは、日本刀の芸術性を直球勝負で表現する展示、さまざまなコラボ企画によるユニークな展示の二本立てで、日本刀の価値をたくさんの人に伝えていきたいと考えています」

ミュージアムのご紹介

〒130-0015 東京都墨田区横網1-12-9
刀剣博物館
ウェブサイト https://www.touken.or.jp/museum/

↑ページの先頭へ