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世界遺産登録を見すえて展示設備のクオリティを高める

堺商人の誇りを受け継いだ市民の博物館として

戦国時代、貿易の街として繁栄し、商人をはじめとする住人たちが自治を行った自由都市・堺。その歴史とDNAをとどめているのが、1980年10月に開館した堺市博物館だ。「堺市立ではなく、堺市となっているのは、この博物館が行政の支援だけでなく、市民や企業の寄付によって誕生したからです」と学芸係長の宇野千代子さん。必要なものを自分たちで生み出そうとする精神に、かつて自由都市だった市民の誇りを感じる。

堺に人が住み始めたのは、旧石器時代と言われている。3世紀になると古墳が造られるようになり、やがて近畿地方を中心に、日本列島の広い範囲に広がっていく。そして5世紀には堺周辺にたくさんの古墳が築かれるようになる。その数、百基以上。国内最大の古墳である仁徳天皇陵古墳を始め、巨大な陵(みささぎ)が街のあちこちに点在する。まさに〝日本版・王家の谷〟の様相だ。

一時は宅地開発の危機に遭いながら、市民の運動によって守られた「いたすけ古墳」、国内3番目の大きさを誇る「履中天皇陵古墳」など、政令指定都市である堺の市街地にこつ然と現れる古墳の姿は、厳かにしてミステリアス。そのためだろうか、堺市といえば古墳というイメージが定着しているが、歴史的価値はこれだけにとどまらない。

中世になると、大阪湾に面した堺は、外国の商品がもたらされる貿易港として黄金時代を謳歌する。このころ花開いたのが、千利休による茶の湯文化や、日本の戦を劇的に変えた鉄砲の生産技術。また、周囲に濠を持つ「環濠都市」を築き上げ、並み居る豪商が国際的なビジネスを行う自由都市となっていった。

こうした歴史をなぞるように、市内の遺跡から発掘された埴輪、堺で作られた火縄銃、華やかな祭礼を表した絵画や伝統工芸品など、さまざまな文化財を保管・展示するのが堺市博物館の役割だ。しかし、だからこそ苦労もあると宇野さんは言う。「文化財によって、素材や保存状態、文化的価値や希少性もまちまち。脆弱なものも多く、それぞれに適した保存環境を保ちながら、同時に来館者の方々が十分に文化財を鑑賞いただける環境も必要とされています」

近年は、文化財を活用して地域活性化や観光振興を行おうという社会的ニーズが高まっている。「その一方で、保存環境についての科学的な研究は進展し、展示設備の技術的な改良も進んでいます。それに伴って文化庁の文化財保存に対するガイドラインも厳しくなってきたと思います。当館も従来どおりの設備だけでは、文化庁のガイドラインを守ることが難しくなってきました。他の博物館から重要文化財をお借りして展示する機会もありますので、新しい技術を取り入れた展示ケースの導入が不可欠だと判断しました」

学芸係長 宇野千代子さん

「堺の国宝」を展示。重要文化財を適切な環境で見せる

展示ケースを検討するとき、まず重視したのは文化財の保存環境だ。温度や湿度はもちろん、有機酸等の空気環境など、国が示す厳格な基準に対応することを証明できるケースでなければならなかった。もう一つ重要だったのが照明設備だ。旧来の展示ケースには蛍光灯が使われており、資料保護の観点から照度を落として展示すると、薄暗くてよく見えないという不便が生じた。

今回、屏風や掛け軸を展示する大型のハイケース2台、絵巻や画帖を展示する覗きケース2台、彫刻や工芸品を展示する行灯ケースが導入された。「展示物によってさまざまなライティングができるLED照明が設置されているので、展示物によって最適な照明環境を作ることができますし、LED照明は蛍光灯と比べると同じ照度でも明るく見えます」。

その効果がさっそく表れたのが、新ケースを導入して初めて開催した企画展「堺市の指定文化財」だ。特に見え方が変わったのが、堺市博物館に何度も来館している人にはおなじみの「住吉祭礼図屏風」だ。「六曲一双」の屏風で、この屏風のように17世紀初めの堺の町を詳細に描いた作例は他になく、堺にとっては国宝ともいえるものである。

「右の屏風には当時の堺の町衆や町並み、左には住吉大社の神輿行列の様子が描かれている、歴史資料としても芸術作品としても価値が高いもの。金雲の輝きや鮮やかな色彩など、絵の特徴を詳細に見ていただくため、4列ある天井照明のうち、手前の2列の照度を上げて、奥の2列は照度を弱めています」。また、両端のスポット照明をあえて消すことで、屏風を浮かび上がらせるような展示効果を得ることもできたと言う。

大型作品を展示できる最大級のハイケース。六曲一双の屏風を展示するため、2台を並べて設置した。

「住吉祭礼図屏風」と同時に展示したのが、大阪府の指定文化財「大寺縁起下絵」、国の重要文化財である「漆塗太鼓形酒筒」だ。前者は覗きケースに、後者は行灯ケースに展示している。行灯ケースは、「漆塗太鼓形酒筒」を展示する目的で導入。室町時代に作られ、高野山の参籠(さんろう)所に寄進された精細な漆塗りの樽を、あらゆる角度から見せたかった。「杉の一材で作られており、漆の使い分けによる色のグラデーションが絶妙。それを全方向からクリアに鑑賞していただきたいと思いました」

来館者への解説を担当しているボランティアガイドの方々に対して見学会を実施したときのこと。新ケースでの展示を目にしたガイドから、口々に「よう見えるわ!」という声が挙がったという。「おかげさまで、作品の見せ方を考えるのが楽しくなりました。旧ケースに展示している文化財も、新しいケースに展示したらどんなふうに見えるのだろうと、学芸員としてワクワクしています」。

古墳群が世界遺産候補に。万全の展示設備で世界の人々を迎えたい

2018年冬、仁徳天皇陵古墳を含む古墳群「百舌鳥・古市古墳群」が、世界遺産候補としてユネスコへ推薦状が提出された。これによって、世界遺産としてふさわしいかどうかの現地調査が行われるなど、堺に対する国際的な注目度がますます高まっている。それに伴い、多くの外国人が堺を訪れると予想される。

「仁徳天皇陵古墳の間近にある博物館として、当館にもたくさんのユネスコ関係者、専門家が来館されると思われます。そうした方々から当館の展示が高く評価されれば、市民の皆様の誇りにもなるのではないでしょうか」と宇野さん。また、古墳時代のことだけではなく、その後の堺の歴史・文化の魅力についても発信していきたいと意気込む。

宇野さんはしみじみ言う。「博物館を訪れる方には、堺の人たちによって大切に受け継がれてきた貴重な文化財を、できるだけ長く、そして美しい状態で見ていただきたい。そのために重要なのが、文化財を守り、きれいに見せる展示設備です」。展示ケースの納入業者は入札によってコクヨに決定されたが、コクヨは美術館や博物館への納品経験が豊富で、その経験に基づいて納品後も展示ケース内の空気環境などについて積極的に相談に応じてくれ、実際的なアドバイスをくれるところが心強いと宇野さんは話す。

「貴重な文化財を安全な環境で展示するのに、細やかな配慮と手間を惜しんでいてはいけないと思っています。今後は、時代に合わせて展示設備も更新していける、そんな博物館になれればと願っています」

ミュージアムのご紹介

〒590-0802 大阪府堺市堺区百舌鳥夕雲町2丁大仙公園内
堺市博物館
ウェブサイト http://www.city.sakai.lg.jp/kanko/hakubutsukan/

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