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THEORiAを支える匠たち 匠レポート

美術品や歴史的価値の高い品物を展示する展示ケースには、モノを美しく「見せる」ことと、モノを劣化させず「守ること」の二律背反する課題が常に課せられています。
この難しい課題に日々取り組んでいるのが、コクヨファニチャーの展示ケース設計部署MUSEUM TEAMと協力工場のエンジニアたち。
匠レポートでは、THEORiAを支える匠たちとして、展示ケース製作に情熱を注ぐエンジニアたちをご紹介していきます。

掲載している内容は取材当時のものです。

匠レポート02 展示ケース製作協力工場 エンジニア 山下誠

一つの展示ケースに対し、描かれる部品図面は500枚

大阪府南部にあるコクヨファニチャーの展示ケース製作協力工場。工場の中には、製作途中の展示ケースが所狭しと立ち並び、あちこちで人が動き、機械音が響きわたる。一般の人が目にする展示ケースは、ミュージアムで静かに作品を引き立てる存在だが、この工場内では展示ケースが主役。エンジニアたちの厳しい目が、製作途中のケースに注がれる。この工場で20年のキャリアを持つエンジニア、山下誠の仕事は、コクヨファニチャーから届いた設計図に基づき、バラ図と呼ばれる部品図面を描き起こし、実際の展示ケースに仕上げること。同じ設計図面から描かれるバラ図も、部品展開のさせ方にキャリアやセンスが表れるという。
「気をつけているのは、見た目と使い勝手の部分。あと、当然ですが、エアタイト(密閉)性を確保することですね。基本の図面はコクヨさんからいただきますが、それを形にするときに、どうすれば一番使いやすいか、美しく見えるか。気密状態を保てるか。そんなことを考えながらやっています」。
見た目は非常にシンプルだが、照明や免震装置、扉を開閉するための機構、島ケースの場合は移動のためのローラーなど、複雑なメカが仕込まれている展示ケース。しかも、ミュージアムの要望によって、一品一品オーダーメイドで作られることが多いため、1つの展示ケースを作り上げるのに必要な図面は数百枚にのぼる。図面の描き起こしから始まり、完全な形に仕上げてミュージアムに納めるまでの期間は2ヶ月以上。ちなみに、サントリー美術館の展示ケースには、500枚ものバラ図が必要だったという。

実物大の展示ケースを試作。検証を繰り返しながら形にする。

山下がこれまで製作に関わった展示ケースは、数にして1,000以上。そこで、特に印象に残っている展示ケースについて聞いてみた。
「印象に残っているという点では、MIHO MUSEUMですね。ガラス面と周りの壁をフラットにするガラスバックストラクチャーをはじめて採用した物件でしたし、製作期間がタイトだったので、ここで試作を作りながら、現場で追いかけるようにして施工もおこなっていました。だから、仕様変更が入ったら、試作で検証したあと、すぐに現場も変更をかけないといけない。あれは、ちょっと大変でしたね。最近のものではサントリー美術館。すっきりとシンプルな意匠を保つために、ガラスと同じ大きさで金属パネルも仕上げたいというオーダーでしたので、通常のパネルよりもかなり大きく、ひずみが出ないようにするのに苦労しました。焼付けの際は、10人ぐらいで金属パネルを持ち上げて釜の中に入れたんですよ。あとは、そうですね。今ちょうど製作(取材時)している平山郁夫シルクロード美術館に納品する展示ケースも、いろいろな新しい機構が取り入れられています」。
ミュージアムが最も大切にするのは品物。それを入れる『ハコ』である展示ケースに対する要求は、必然的に高くなる。「照明などは、実際にあててみないと雰囲気がつかめませんからね。本来は実際の空間に運んで検証するのが一番ですが、壁面ケースはそうはいきません。ですから、実物大の試作を使って、中にモノを入れて照明のあたり方を検証します。三井記念館の展示ケースを製作した時は、関係者が30人ぐらいこの工場にお越しになって、実際に掛け軸を展示してみて、見え方の検証をおこないました。また、この間は平山郁夫シルクロード美術館の学芸の方がお越しになってLED照明の具合を確認して行かれたんですよ」。

照明部の厚みは従来の1/3。LED照明を使用した次世代型展示ケース

展示ケースのベースライトは、通常蛍光灯が使われることが多いが、今回の平山郁夫シルクロード美術館の展示ケースには、LED照明が使われている。LED照明の特徴は、何といっても小さく寿命が長いこと。通常の蛍光灯の寿命が1万時間に対し、LEDは4万時間。年数にすれば約20年電球の交換が不要だという。また、1つのソケットに色の違う電球が2玉入っており、つまみの調節で色温度も変えることができる。「器具自体が小さいということは、天井照明の厚みを薄くできるということです。蛍光灯で通常250~300mmの厚みが必要なところを、LEDなら100mmで済ませることができますので、島ケース上部の照明部分をすっきりスマートに見せることができます。ただ、LEDは指向性が強いため、光を拡散させる必要があります。何を使って光を拡散させるか、素材はコクヨさんと一緒にかなり探しましたね」。
結局、使われたのは、凹凸のついたアクリルの板。板の向きなども調整し、展示物が一番美しく見える配置を検討したという。また、LEDは光源部分には熱を持たないが、基盤部分は蛍光灯並みに熱を持つ。LED、蛍光灯、ハロゲン、ファイバーなど、それぞれのライトの特性を考えながら、熱を逃がす設計にする配慮も必要だ。
「中に入れるものが決まっている場合は、展示物に合わせてサイズや内装、照明を決めていきます。平山郁夫シルクロード美術館のコインを展示するための展示ケースは、展示物が小さく薄いので、奥行きを思い切って浅くしてケース上部から蛍光灯、下部からLEDで照らしています。また、内装は黒がいいのか、グレーがいいのか、照明をあてたときの影の出方なども確認しながら、コインが美しく見えるように検証を重ねています」。

長く使われる商品だから、見えないところにも手をかける

山下の仕事の原点は、福井県の芝政博物館だ。当時納めた展示ケースは、20年近く経った今も現役で使われている。「当時の展示ケースは、今と比べるとシンプルでしたね。鉄製の扉で、仕上げは硫化いぶし(真鍮メッキ)で、古い感じと高級感を出して…」。
コクヨファニチャーのエンジニア、小松が舌を巻くのが、山下のこの記憶力だ。「山下さんは、本当に納めたケースのことをよく覚えているんです。僕が電話で『○○博物館に納めた、あのケース』とか言うと、『あぁ、前の扉がフルオープンのやつね』なんて答えが、すぐに返ってきますから。あと、これはエンジニア同士の話になりますが、山下さんの仕上げには工夫があるんですよ。扉の開閉やメカの部分の設計はコクヨがおこなうのですが、山下さんに部品展開をお願いすると、例えばですが、メンテナンスがやりやすいように、裏からちゃんと手が入るようになっていたりするんです」(小松)。
展示品の入れ替え時の扉の開閉やケースの移動、電球の交換などは、学芸員が通常の業務としておこなうが、ほかの部分はエンジニアがメンテナンスを担当する。だから、普段は不用意に触ってしまわないように、わざと隠れた場所にメカを配置しておくのだが、同時にメンテナンスのしやすさも考えておく必要がある。こうした点に気づき、適切な対策を講じておけるのは、1,000体もの納品実績があり、1~2年に1度、全国にちらばる納品先のミュージアムへメンテナンスに訪れる山下ならではだ。
「展示ケースは一旦、納めると長く使われれる商品で、簡単に取替えはできません。だから、どうすれば使いやすいか。美しく見えるのか、その時点でのベストを常に考えて、見えないところにも十分に手をかけておく必要があるんです」。

匠WORD

本文でご紹介できなかった匠の印象的な言葉を集めました。

通常、図面って二次元で描かれていますよね。それを普段から頭の中で3次元に展開するようにしています。

おそらくメンテナンスで日本全国47都道府県、全部まわりましたね。自分が製作した展示ケースのことは、だいたい覚えてますよ。

見た目の美しさと強度を両立させるのは、難しいときもあります。でも、できるだけお客様の望む形に近づけるようにしています。悩んだとき、車を運転していると、ふっといいアイディアが浮かぶときもありますね。

言い出すときりがないですれど、納めた後でも「もっと工夫できなかったかな」とか「今だったらこうするのに」と思うときがあります。新しい技術や機構は常に出てきますから。だから、改修の仕事が入ったら「何かもう一工夫してやろう」と思うんです。

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