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THEORiAを支える匠たち 匠レポート

美術品や歴史的価値の高い品物を展示する展示ケースには、モノを美しく「見せる」ことと、モノを劣化させず「守ること」の二律背反する課題が常に課せられています。
この難しい課題に日々取り組んでいるのが、コクヨファニチャーの展示ケース設計部署MUSEUM TEAMと協力工場のエンジニアたち。
匠レポートでは、THEORiAを支える匠たちとして、展示ケース製作に情熱を注ぐエンジニアたちをご紹介していきます。

掲載している内容は取材当時のものです。

匠レポート03 展示ケース製作協力工場 エンジニア(製造責任者)中野耕治

展示ケースは見せるためのガラスのハコ 「だからこそ」のこだわりがある

「展示ケースはめちゃくちゃ奥が深い。使っているものは、その辺の建築金物と変わらないし、ガラスも普通のガラスなんですけど、納まりというか、なんせ奥が深いんです」。そう話すのは、展示ケースのガラスを扱う職人の中野耕治だ。中野はガラス加工をおこなう会社で営業として働いていたが、「職人さんの作業を見ていたら、自分もやりたくなって…」と、職人に転身し、その会社で施工を10年経験。独立した経歴の持ち主だ。
「展示ケースの仕事をはじめた頃は大変でしたね。もといた会社自体、展示ケースを扱うのはその時がはじめてだったので、社内にやり方を聞ける人もいないし、頭でわかっていても、実際にやると出来ないんですよ」。
中野が苦労したのが、ガラスとガラスを直角に合わせる際の出隅(でずみ)部の調整だ。出隅とは、壁など2つの面が向かい合ってできるカドの外側部(出っ張っているほうのカド)の呼び名で、内側の部分を入隅(いりずみ)と呼ぶ。展示ケースは、簡単に言えば、金物の上にガラスの板を立て、ガラスの隙間をシリコンで接着して作られる。壁面ケースの場合はガラス同士を並べてつなぎ、島ケースはガラスでハコを組み立て、カドの部分を接着する。4面ケースは側面がガラスで上部に照明装置を載せたもの。5面ケースは上部もガラスのため、接着部分(出隅)が多くなり、ガラス屋の作業としては難易度が高くなる。
「展示ケースは作品を見せるためのものなので、例えば、出隅部分の上下が微妙にズレているだけでもダメなんですよ。ビルや店舗にガラスをはめる仕事だったら許容範囲とされるような、わずかなズレがすごく目立つ。だから、ピシっとカドが合うまで、ガラスを微妙に起こしたり倒したり、左右の高さはガラスの下に緩衝材を入れて調整していくんですけど、はじめの頃はモノを作っては検査でひっかかって、イチからやり直しの繰り返し…。終わるまで帰れないから、ほんま徹夜の連続でしたね」。

ガラスのセッティングは1日に2~3体が限度

展示ケースは見た目が命。そのためシリコンでガラスを接着すると、乾くまでは動かせない。動かすことでシリコンの内部に小さな気泡が入ったり、よれたりすると、展示ケースとして商品にならないためだ。
「ガラスをきちんとセッティングして、動かない状態にしてから、コーキング・ガンでシリコンを打ち込んでいくんですけど、4面の島ケースで言えば、4枚バラバラの板を、シリコンを入れるための隙間をあけて、高さや出隅を揃えないといけないんです。5面の島ケースだったらその上にもう1枚ガラスが載るわけですから、めちゃくちゃ難しい。人間の背丈ほどの島ケースで、1日にセッティングできるのは、2~3体がいいところ。そういうことを考えたら、展示ケースの値段が高くなってしまうのも、ある程度仕方ないかなと思いますね」。
ガラスの板は立てておくと、どうしてもたわむ。それを直すのもガラス屋の仕事だ。たわんだ部分につっぱりをいれて、まっすぐな状態にしてから接着する。力をかけすぎると、ガラスが割れてしまうこともあるため注意が必要だ。
「高さや出隅をそろえるには、金物屋さんの精度も大事だし、ガラスの加工精度や寸法精度も大事。1mm、2mmを合わせる世界で、もとの寸法が1mm違うだけで大変ですから。製作金物の人間と取り付ける立場のガラス屋の人間が、ホントに息をそろえて物を作っていかないと、徹夜状態が永遠に続くことになる」。

透明度は高いが、扱いが難しいハイクリアシール

ガラスのセッティングを終え、いよいよシリコンを打ち込む段階にも難関が待っている。コクヨの展示ケースは、ガラスの継ぎ目が目立たないように、透明度の高いシリコン(ハイクリアシール)を使っている。このシリコンは通常のシリコンよりも固まるのが早く、扱いが非常に難しい。「ハイクリアシールは、うまく使いこなせれば透明度は高いし、仕上がりもきれいなんですけど、失敗するとめちゃくちゃ汚くなって、商品にならない場合もあるんです。だから、この作業が一番緊張します」と中野は言う。
透明度が高いということは、すべてが見えてしまうということだ。シリコンがブレたり、中に小さな気泡が入ったりしないよう、コーキング・ガンを慎重にガラスに沿わせ、空気を抜きながら、上から下まで同じスピードと同じ分量でシリコンを打ち込んでいく。その間、息をとめて作業しているという。
「シリコンは空気に触れると反応がはじまります。気温が高いと反応も早い。だから、すぐに余分なシリコンをヘラで切って(削いで)いきます。このとき普通のシリコンなら3~4回はヘラで触っても大丈夫なんですけれど、ハイクリアシールは表面硬化が異常に早い商品なんで、1回上から下まで切っちゃうと、2回目がギリギリあるかないかなんです。運が良ければ、2回切れるけど、夏場や気温が高い日なんかは、1発で仕上げないと」。
きれいに仕上げるためのヘラの持ち方や手首の使い方もあるという。また、すばやく仕上げるには、チームワークも重要だ。
「ハイクリアシールは、普通のシリコンの10倍の値段がします。で、値段が高いから使いやすいかというと、そうじゃない。失敗してしまったら、2~3時間かけてバラして掃除して、もう1回セッティングからやり直し。ガラスを扱って20年になりますが、モノになるまでは、そういうことの繰り返しでした。他は完璧でもシールが汚いと、全体まで汚く見えてしまいますから、慎重にやらないと」。

展示ケースを製作できれば、ガラス屋としては何でもできる

「ウチには今、13人ほど職人がいるんですけど、たくさんいる職人のなかでも、展示ケースをやる人間は決まってきています。繊細で、根気がある子じゃないと務まらない。あとは『いいものを作ってやろう』という気持ちも大切」と中野は言う。
工場で作業を見せてもらったが、特別な道具を使っているわけではない。全国のガラス屋、シール屋はみんな似たような道具を使っているはずだと中野は言う。しかし、同じ道具でもヘラの持ち方や角度で、シリコンのカスがまわりにつかないような方法がある。
「それは、口でいくら説明しても、なかなか出来るもんじゃないですね。最後のところは自分なりに工夫しないと。僕自身、師匠や親方がいなかったので苦労はしたんですが、今にして思えば、それが良かったのかもしれません。師匠がいたら『なんでやろ』『どうしよう』って切実に思わなかったかもしれませんから。不思議なもので、試行錯誤を繰り返すうちに、ある日突然できるようになるんです。で、1回コツをつかむと、あとは応用。この20年、展示ケースだけじゃなくて、ビルや店舗にガラスを入れる仕事もいっぱいやってきましたが、展示ケースはやっぱり特別ですね。正直『そこまでこだわらなくてもいいんじゃないか』というところまで、こだわって作業しています。でも、そのこだわりを捨てると、どこにでもあるガラスのハコと同じになってしまう。ガラス屋の中でも、展示ケースをやっているところは、技量は高いと思いますよ。展示ケースができたら、ガラス屋としてはホントに何でも出来る。それだけ繊細で難しい仕事なんです」。

匠WORD

本文でご紹介できなかった匠の印象的な言葉を集めました。

ガラスもハイクリアシールも、全部透過性の高いものなので、逃げどころがないというか、ごまかしがきかないんです。

思い出の仕事ですか? ありすぎて…。なんせ最初はコクヨのブランドの、しかも美術館博物館のケースを扱うんだっていう気持ちがありましたし。

青森県立美術館の壁面ケースの仕事は、前日寝られませんでした。800kgあるガラスと金物を、機械で起こすんですが、現場で「あ、起きませんね」ではすみませんから。壁面ケースの場合は、そのプレッシャーが大きいですね。基本的にコクヨさんのケースで「楽勝でできる」と思ったのはないです。全部が気合を入れないとヤバイ。

職人のプライドとして、自分たちより安くて、モノが同等やそれ以上、というところがあったら、土下座して謝るぐらいの気持ちはあります。ケースだけじゃなくて普段の仕事も全部そうですけどね。物づくりをしている会社として、気持ちの上で「絶対負けない」って思うことって大切なんです。そういう気持ちがあったらやっていける。僕はそう信じています。

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