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作品の劣化を最小限にとどめる より良い展示環境を求めて 京都府京都文化博物館

3階総合展示室 特別展「京の小袖」

開館23年目にして、初の大規模リニューアル

1988(昭和63)年の開館以来、京都の歴史と文化をわかりやすく紹介する文化施設として、多くの人々に愛されてきた京都文化博物館が、2011年7月9日リニューアルオープンした。

今回、新しくなったのは7階建ての本館建物のうちの1~3階部分。リニューアルのテーマである「“ほんまもん”の体感」を実現するため、2・3階の常設展示室を指定文化財の展示も可能な総合展示室として一新し、同時に展示スペースの再編と展示順路の見直しをおこなった。

「以前は、エレベータでまず4階の特別展示室へ上がり、3階、2階の常設展示室へ降りていく一方通行の展示順路が組まれていました。しかし、今回、2・3階の常設展示室を総合展示室とあらため、さまざまな企画展を実施していくことになったため、下からの順路も用意しました」と学芸課長の畑智子さんは話す。

今回のリニューアルで、2階総合展示室は「京の歴史」「京のまつり」「京の至宝と文化」の3つに区切られ、国の重要有形民俗文化財にも指定されている祇園祭の山鉾を飾る懸装品や、京都ゆかりの名品を展示。3階総合展示室は不要な壁をとり払って、フレキシブルに展示空間をつくることが可能になった。2・3階総合展示室は、所蔵品だけにこだわらず、他館や寺社、個人などから借り受けた品々も展示するという。

(写真左)京のまつり「祇園祭-北観音山の名宝-」。(写真右)京の至宝と文化「金剛家の名宝」。(写真左)京のまつり「祇園祭-北観音山の名宝-」。(写真右)京の至宝と文化「金剛家の名宝」。

限られた期間内に、展示ケース内環境の清浄化を実現

京都文化博物館がリニューアルのために全館休館したのは、2010年の12月はじめ。オープンは翌年2011年7月で、7ヶ月の工事期間があった。しかし、今回のリニューアルは、展示室内だけでなくエントランスの改修やエスカレータの移設、映像施設の改修を伴う大規模な改修で、しかも、リニューアル後すぐに重要文化財の展示が決まっていた。そのため、京都文化博物館では東京文化財研究所と相談。展示ケース内の空気環境に実績のあるメーカーとして名前があがったのが、コクヨファニチャーである。

コクヨファニチャーでは、完工からオープンまでの期間が短く、有害物質の枯らし期間が充分にとれないことを考慮し、展示ケースの内装合板には、あらかじめ良く乾燥させて有機酸の放出をすませたシーズニングボードを採用。さらに、有害物質を放出しないクロスを採用するなどして、展示ケース内の空気環境の清浄化に努めた。また、展示室内に空気がこもらないよう工事期間中24時間換気を続けた。このような対策が功を奏し、展示ケース内の空気環境の測定結果は、施工中~完工後のすべての期間で基準をクリア。予定通り重要文化財の展示が叶ったという。

「今回の改修は非常に大掛かりなもので、スケジュールもかなりタイトで、オープンの日を迎えるまでは、大変なストレスを抱えての綱渡りの日々でした。作品を守る立場の学芸員としては、枯らし期間などもう少し余裕をみて安全策をとりたかったという思いはありますが、コクヨさんをはじめ工事関係者の方々には、短期間だからこその材料選びや工事の進め方など、知恵を絞っていただいたのではないかと想像しています」(畑学芸課長)。

展示ケース内空気環境測定状況展示ケース内空気環境測定状況

デリケートな資料の劣化を最小限にとどめるLED

さらに今回のリニューアルでは、コクヨファニチャーからの提案で、壁面展示ケースと大型の移動展示ケースの照明にLEDが採用されている。LEDを採用する美術館・博物館は、近年徐々に増えつつあるが、物の見え方や色味などが従来照明と異なるとして、提案当初は導入に慎重な意見もあったという。そこで、4階特別展示室(リニューアル対象外)の一角に原寸大の模型を作り、実際に物を置いて、光のまわり方や、色の見え方などの検証がおこなわれた。

「実は、LEDはもっと暗いのではないかというイメージを持っていました。ですが、思った以上に明るく、展示ケース内を均一に照らすことがわかりました。たとえば、染織などデリケートな資料の中には、照度50ルクス以下で調整するように指定されているものがあります。蛍光灯で50ルクス以下にすると、それは暗く感じるのですが、LEDはすみずみまでクリアに見える分、見やすく感じられるのではないでしょうか」 (畑学芸課長) 。

リニューアルオープン後、3階総合展示室で「京都工芸美術作家協会展」を担当した学芸課長補佐・主任学芸員の洲鎌佐智子さんも、「展示ケースの前の部分にも均一に光がまわるので作品に影ができず、きれいに見せることができました。細かいキャプションの文字も、LEDではクッキリと見えます」と話す。また、照度の調整がなめらかで、見た目にあまり暗くなったと感じないのに、照度計で測ると照度が落ちていることから、光による作品への影響を最小限におさえつつ、見やすさも確保するツールとして期待が持てるという。

作品を守ることと、展示して傷むことのジレンマは、どこの館でも抱えている。しかし、より多くの人に見てもらうことも博物館の大切な使命だ。LEDの光は紫外線・赤外線をほとんど含まず、従来照明よりも光源からの熱の発生が少ないため、その点でも安心できる。

「使う立場から言えば、LEDは寿命が長いのもうれしいですね。というのも、展示ケースに使う蛍光灯は数が多いため、あちこちランダムに電球切れを起こすのです。展示ケースの中に作品があるときには、そのたびに中のものを全部出して電球を替えなければならず、かなり労力がかかっていました。今回は展示ケースの外側から取り替えができるようにしていただいたので、管理もさらに楽になると思います」(洲鎌主任学芸員)。

展示ケース内空気環境測定状況原寸大の模型でLED照明のテストを実施。左側に蛍光灯、右側にLEDを設置して見え方の違いを検証した。

フレキシブルな空間で、さまざまな企画展を実施する

京都文化博物館では、リニューアルオープン後、平均して3ヶ月スパンで次々と特別展や企画展を開催している。2011年の展示スケジュールをみると、7月のリニューアルから翌年2012年3月までに、特別展だけで4本。2、3階の総合展示室でおこなう展覧会を含めると、その数は20本に及ぶ。

展示する作品は多彩で、あるときは染織、あるときは陶芸・漆・金工、屏風、掛軸、現代美術などさまざまだ。そのため、展示ケースはあらゆるジャンルの作品の展示に対応でき、展示室内をフレキシブルに使える工夫が求められた。たとえば、今回導入された大型の移動展示ケースは、壁際にぴったりつけると壁面展示ケースのようにも使えるが、展示動線を作りたいときには室内を区切る壁としても利用できる(背面はクロス張りで上部にピクチャーレールが取り付けてある)。さらに京都文化博物館の展示室は、移動式のパーティションで室内が区切れるようになっており、大空間から小空間まで、展示内容に合わせて自由に空間をつくることができる。

「展示するものによっては、1年のうち1ヶ月しか展示できないデリケートな資料もあるため、頻繁に展示替えをおこなっています。しかし、中のものが1つ2つ変わった程度では、よほどお好きな方でないと変化したとは気づかれません。その点、パーティションや展示ケースでエリアを区切ると、わかりやすく変化が見せられる上に、よりたくさんの展示が可能になったのです」。

また、畑学芸課長は、今後のビジョンを次のように語る。

「京都は奥が深く、地元の人以外にあまり知られていないような歴史や資料がまだまだたくさんあります。巡回展や大きな特別展には、たくさんの人を集客する力がありますが、それだけではなく学芸員たちが地道に調査研究した成果を発表する場としても、新しい展示室を使っていきたいと思っています。学芸員が足を運び集めた成果を展示公開して、その価値を後世に引き継いでいくことも、博物館の大切な役割の1つですから」。

移動展示ケースを壁際にぴったりつけると、壁面展示ケースのように使うことができる。

写真奥が壁面展示ケース。左2つが移動展示ケース。天井高ギリギリにつくってあるため、室内を区切る壁としても利用できる。

ミュージアムのご紹介

〒604-8183 京都市中京区三条高倉
京都府京都文化博物館
ホームページ http://www.bunpaku.or.jp/index.html

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