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歴史的ディテールを残しつつ新たな可能性を広げたリニューアル

画期的大規模リノベーションで生まれ変わった最古の公立美術館

京都市美術館の前身である「大礼記念京都美術館」は、1933年、昭和天皇即位の奉祝事業の一つとして、京都における近代化の象徴とされる岡崎の地に開館。戦後の接収が解除された1952年に「京都市美術館」と改称し、関西を代表する公立美術館として半世紀以上にわたって親しまれてきた。そして、このたび3年間の大規模改修を経て、歴史的建築のディテールを残しつつ、設備機能を大幅にアップデートして「京都市京セラ美術館」としてリニューアルオープンした。

今回の大規模改修により、洋風建築に和風の屋根をかぶせた帝冠様式の壮麗な美術館建築は、建築家青木淳氏と西澤徹夫氏による革新的な構想に基づいて生まれ変わり、現代アートに対応する高機能な最新設備を備えた「東山キューブ」、新進作家のためのスペース「トライアングル」などが新たに誕生した。

まず印象的なのが地下1階のエントランス。美術館前の広場「京セラスクエア」はファサードに向かってなだらかなスロープ状に掘り下げられ、来館者を軽やかなガラス張りのエントランスへと導く。エントランスを地下へ移すことにより、神宮道から臨む美術館外観は長年人々が見慣れた姿を保っている。

かつて下足室だったエントランスロビーを通り、大階段を上ると、天井高16mの開放的な「中央ホール」が広がっている。大陳列室だった中央ホールは自由に往来できるフリースペースとなり、地下から2階までの3フロアと、北回廊・南回廊の展示室、現代アートの新館「東山キューブ」、日本庭園をつなぐハブとして機能している。同時に、レセプション会場や、天井から作品を吊り下げる展示スペースとして活用できる。

エントランスの反対面の東側では、これまで閉めきりになっていた扉が開かれ、東山を背景にした日本庭園のみずみずしい緑が目にとびこんでくる。この東西を貫く軸線の顕在化は、リニューアルの大きなポイントだった。2019年に館長に就任した青木淳氏は、革新的な構想について「PARASOPHIA京都国際現代芸術祭2015(以下、パラソフィア)から着想を得た」と語っている。パラソフィアでキュレーターを務め、現在、学芸係長を務められている中谷至宏さんに、大規模リノベーションのコンセプトと意義、めざす理想の展示空間についてうかがった。

京都市京セラ美術館 学芸係長
中谷 至宏さん

東側のエントランスを開き全館をフルに活用

「パラソフィアのときは、東側からも入れるようにし、東西を自由に行き来できるように構成して、南側と北側の地下も展示室として使いました。建物に本来備わっていた可能性を解き放ち、全館をフルに活用することによって、人と空気の流れをつくったのです。それがちょうどリニューアルに向けた公募プロポーザルのリサーチの時期にあたっていたので、アイデア提示するかたちとなり、パラソフィアのときに私たちが理想とした館の有効な使い方が、このたびのリニューアルで完成されたといえるでしょう。

もともと1933年の段階で、四周から同時に入れるようなエントランスを設けることは、設計のレギュレーションとして定められていました。セキュリティの面では、美術館の出入口は極力少なくするのが常識ですが、常設展を含むいくつかの展覧会を同時開催するためには、複数の出入口があるほうがスムーズであるという考え方です。ただ、初期のころは収蔵品も少なかったので、コレクションを積み上げて、いずれは常設展示の場を設けるという目標がスタート時点から掲げられていたのです」。

京都市京セラ美術館の所蔵品は、近代京都画壇の名品など、日本画、洋画、彫刻、版画、工芸、書3600点以上におよび、近代日本美術の宝庫となっている。満を持して常設展示室「コレクションルーム」が開設され、87年ごしの夢がかなったといえる。

膨大な収蔵品が集積されてきた道筋をたどってみよう。設立当初は、古美術を対象とする恩寵京都博物館(現京都国立博物館)との差別化を図り、同時代の"新美術"を収蔵品の対象としてきた。「院展」「文展」「帝展」などの出品作のなかから、収蔵品にふさわしいと思われるものを買い上げるかたちでコレクションを積み上げてきたのである。戦後、恩寵京都博物館が国立に移管され、京都市美術館として再開館した時期から、古美術・新美術によらず、美術史的に重要な作品を購入する、あるいは寄贈を受け入れるという方針に転換し、現在にいたる。

「それまでは京都にかぎらず、博物館は江戸まで、美術館は明治以降というすみわけがあり、江戸末期から明治初期は空白になりがちでした。そこで江戸後期の円山・四条派の始まりまで対象を広げ、狭間ですっぽりと抜けていた作品群を取り上げることによって美術史の空白を埋めようと考えています」(中谷学芸係長)

最善の条件で作品を見せるため可変性の高い展示室をめざす

会場の広さや構成がそのつど変わる特別展・企画展とちがって、常設展示室には決まったスペースでさまざまな作品を見せるための工夫が必要となる。展示替え期間も短い。

「同一の作品であっても、鑑賞する場所や照明、空間はさまざまな条件下で制約されるため、その体験は普遍的なものではありません。作品をどこにどう置き、どんな光を当てて、どちらから見てもらうのかは美術館側で編集した結果なので、私たちが少なからず責任を負わねばならないと考えています。ですから、展示ケースや壁面、照明をよりよいかたちで使えるよう、コクヨさんと何度も打ち合わせを重ね、3本のライン照明ごとに照度や色温度をコントロールできるようにするなど、細部にわたる要望に応えていただきました」と中谷さん。その時々の展示のポリシーや意図をかなえ、でき得るかぎり精度高く追い込んでいくために、可変性が高く、可能性をもった展示室をめざしたという。

今年度の展示についても、「順路に沿って見ていただく3室の照明の調色・調光は均一ではなく、各室のテーマや作品に応じてメリハリをつけています。春の展示会では3室目に『祈りの時』をテーマに竹内栖鳳『散華』や村上崋山『阿弥陀』を展示したので、アクセントとして1・2室より色温度をやや落とすよう調整しました。秋期では月世界の天女を描いた西山翠嶂『広寒宮』の幽玄の世界を心静かに味わっていただけるよう、1室目の色温度を2・3室より落としています。ことさらに主張はしないけれど、観覧者の方がそこで自然に『何か少し違って見えるな』と思われるくらいの差をつけ、感づかれないように何かを感じていただくことを狙っています」と中谷さんは展示論を語る。

また、改修工事が進められる真っただ中という落ち着かない状況下ではあったが、原寸大のモックアップで照明やクロスの色について検証を重ねたという。

「モックアップで展示空間を再現して事前にチェックすることは、今回が初めてではなかったのですが、同じ大きさ、ボリュームのなかでクロスの色などを確認することができ、大きな意義がありました。照明を当てたときに、同じクロスを使うと垂直面と水平面に歴然とした色の差がでることがわかり、コクヨさんと相談して、あえて明度の異なるクロスを使用することにしたのです。見本だけのやりとりではわからない微妙な差異が、モックアップで初めてわかったので、非常に重要なプロセスだったと思います」

季節ごとにお気に入りの作品と再会できる常設展示を

2016年に重要文化財指定された竹内栖鳳「絵になる最初」をはじめ、官展の流れを汲む展覧会の受賞・入選作など数々の名品を所蔵しているが、特定の作品を"目玉" にしないのが京都市京セラ美術館のポリシーだ。「あえて言うなら、京都の美術というものの総合的なコレクションが"目玉"でしょうか」と中谷さん。

待望の常設展示がスタートしたいま、今後のビジョンはどのように思い描いているのだろう。

「所蔵品を100点ずつ常設できるようになりましたが、コレクションルームは4ブロックのうち1ブロックだけなので、それではもの足りないという思いがあります。ルーブル美術館のような海外の常設展示は圧倒的にボリュームがあるので、あの部屋に行ったらいつでもあの作品に出あえるという楽しみがあります。常設エリアをもう1ブロック増やして、個別の作品とまでいかなくても、ここに来たらあの系統の作品があるというくらいのイメージづけができるようになればいいですね」。次の目標を語りながら中谷さんはほほ笑んだ。

ミュージアムのご紹介

〒606-8344 京都市左京区岡崎円勝寺町124
京都市京セラ美術館
ウェブサイト https://kyotocity-kyocera.museum/

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