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最新鋭の技術で魅せる、東洋の美と伝統

副館長 西田 宏子さん副館長 西田 宏子さん

学芸部 部長 松原 茂さん学芸部 部長 松原 茂さん

コクヨファニチャー(株)山内佳弘コクヨファニチャー(株)
山内佳弘

3年半の休館期間を経て“新創”開館

改築のために2006年より3年半休館し、再開が待ち望まれていた根津美術館が、2009年10月7日、“新創”開館する。

隈研吾氏が建築を手掛けた新しい美術館は、都心でありながら2万平方メートルを越す広大な日本庭園を有する美術館にふさわしく、瓦や竹など和の伝統素材を使ったモダンな2階建ての建築。ゆるやかな勾配を描く瓦屋根と、現代的な印象を持つ大きなガラスから透けて見える庭園の緑が美しい。

根津美術館は、東武鉄道の社長などを務めた実業家、初代根津嘉一郎氏の収集品を展示するため、根津氏の私邸跡に作られたプライベート美術館だが、収蔵品の分野は、日本・東洋の古美術を中心に、絵画・書蹟・彫刻・陶磁・漆工など多岐にわたる。国宝7件、重要文化財87件、重要美術品96件を含む、約7000件の所蔵品は、私立美術館としては量・質ともに国内トップクラスだ。新・根津美術館では、これら優品の数々を最新の技術を駆使した展示装置や照明で鑑賞することができる。

「美術館を新しく建て直すにあたっては、隈さんや清水建設、照明会社、コクヨさんとあちこちの美術館を見て歩きました。都内はもちろんのこと、九州、四国、静岡、愛知と国内もたくさん回りましたし、韓国の美術館にも行きました。ここ数年はそれこそ建物や展示ケースばかり見ていた気がします」と、副館長の西田宏子さんは語る。その旅の成果の1つが、壁面展示ケースに採用された視野角調整パネルだ。

「当館の収蔵品は分野が多岐にわたるので、展示ケースにはさまざまな作品に対応する汎用性が求められます。たとえば、3mの曼荼羅や屏風も展示できるような大きな壁面展示ケースに、日本刀をぽつんと展示するだけでは上下の空間が広すぎて、せっかくの品物が美しく見えないのです。それでケースの上部にもう1枚アルミのパネルを取り付けて、ガラスの範囲(視野)を調節できるようにしたのですが、このとき上部からファイバー照明を低い位置まで降ろせるようにしたのです。刃に光をあてる角度(入射角)も、刀剣を照明で美しく見せることで定評のある美術館に見学にいって、どうしたらベストの展示ができるのか、実際の刀を照明会社に持ち込んで何度も細かく実験を繰り返したんですよ。」(西田副館長)。

このほか、根津美術館の壁面展示ケースには、ケースの奥行きを電動で調整できる背面可動パネルが採用されている。ケースの奥行きを120~80cmの間でボタン1つで自在に変更でき、しかも、奥行きに合わせて照明も調整可能なため、その作品のためだけに、あつらえたような展示空間を作ることができる。

80数回以上におよぶ展示ケース会議、やってやりすぎということはない。

学芸部部長の松原茂さんは、昨年(2008年)10月、35年間勤めた東京国立博物館から根津美術館に移って来られたが、新しい美術館のための展示ケース会議に参加して、その回数の多さに驚いたという。

「私がはじめて参加した時点で、すでに資料に第54回展示ケース会議と書いてあるんです。あれにはびっくりしました。以前の職場でも何度か展示ケースを作る場面に立ち会いましたが、これほどこだわり抜いているというのは、珍しいのではないでしょうか」。

根津美術館の展示ケースの設計を担当した、コクヨファニチャーの山内佳弘も次のように話す。「ケースの形を決めるまでに、何度も何度も模型を作って、図面を描き始めるまでに1年はかかりました。最初は小さな模型からはじまって、場所ができたら原寸大のものを作って、寸法を少しずつ変えながら、最終的には色も付けて…。模型だけでも4、5回は作りましたね」。

「最初、コクヨさんに『そんなのは出来ない』って言われたケースが、2階の青銅器の部屋にある独特の形状をした独立型展示ケースです。あれは同じ形の青銅器を3つ展示するための専用の展示ケースですが、普通に横に作品を3つ並べるのではなく、高さを違えて、上から見たり、横から見たりいろんな風に見せたいという思いがあったんです。でも、なかなか形が決まらなかった。私は最初から今のような多面体をイメージしていたんですけれど、山内さんは模型を作るまでは半信半疑だったようです」と西田副館長は笑う。

「今までにない形の展示ケースなので、実際に室内に置いてみたときにボリュームがありすぎるのでは…と心配だったのですが、模型にしてみたら意外にいけそうだと感じました。原寸模型でボリューム感や見え方をしっかり確認できたのが良かったですね」(山内)。

完成までに80数回以上におよんだ展示ケース会議で議論されたのは、ケースの形だけではない。作品の背景となる展示ケース内に貼るクロスの色も吟味を重ねたという。

「はじめは黒っぽい色で試したのですが、ダメでした。黒ですごく綺麗に映える作品もあるのですが、オールマイティではなく、金屏風や陶器などは映りこみがあって美しく見えないのです。最終的には、ベージュ系のクロスに落ち着いたのですが、リバウンドの光も利用できて、作品に綺麗に光がまわるので、一番小さな65cm角の独立型展示ケースにはファイバースポットを入れませんでした」(松原学芸部長)。

作品の鑑賞を邪魔するものは徹底的に排除する。根津美術館の独立型展示ケースは、上部照明装置の電源をどこから取っているのかすら、わからないつくりになっている(従来の上部照明装置付きの4面ガラスケースは、上部照明の電源を取るための細いポールが隅にある)。

「これは画期的なケースです。展示ケースのことを少しでも知っている人なら、いったいどこから電源を取っているのか不思議に思うはずです」と山内は話す。

8万個のLEDライトがベストな展示環境を創り出す

「昔のようにここに作品をこう置くから、ここには蛍光灯…というように、ステレオタイプで進めなかったので、時間はかかりましたが、いいものができたと思っています」と西田副館長は新創開館にいたる苦労をそう振り返る。松原学芸部長も「やってやりすぎ、ということはないんですよ。外国の美術館みたいに、ほとんどがパーマネント展示だったら、必ずここにこの作品を置くというのが決まっているため、照明も比較的楽ですが、日本の美術館の場合は、デリケートな作品が多いため、出しっぱなしにはできません。陳列替えのたびに作品の素材や大きさも変わりますし、作品を置く間隔も変わります。いろいろなものに対応し、しかもそれぞれが美しく見えるようにしなければならないというのは、すごく大変なことなんです」と話す。

根津美術館には、約8万個のLED照明が使われているが、和そうそくの灯りから、太陽光まで自在に再現することができるという。「昨日も、総金地の屏風と描き込みの多い水墨画の屏風、余白の多い水墨画の屏風と、3つ並べて照明テストをおこなったのですが、1つの壁面展示ケースで、それぞれの作品に合わせた光を調整できるんです。あれはいいですね」(松原学芸部長)。

「新しく美術館を建て直すにあたって、照明、展示ケースの寸法、クロスの色…、決めなければいけないことは、それこそ山のようにありましたが、そのなかでベストを選び取ったと思っています。同じ場所に建て直しをおこなったため、コクヨさんともコミュニケーションが取りやすく、1つずつ話し合いながら納得のいくものに仕上げられたのも良かったですね」と西田副館長も喜ぶ。山内も「今回のように建物が仕上がってから、われわれ展示ケースメーカーが入って工事ができるという幸運はなかなか得られるものではありませんが、現場で美術館の方々とじっくり話し合い、検証を重ねながらケース作りができたのは理想的でした」と話す。

根津美術館では、開館から1年間に8回にわたる『新創記念特別展』を予定している。国宝「那智瀧図」や「燕子花図屏風」など、根津美術館のコレクションを代表する品々が、3年半の沈黙を取り戻すかのように、次々と登場する。新しくなった美術館で、それらの作品がどう美しく映えるのか、何度も足を運び味わいたい。

ミュージアムのご紹介

〒107-0062 東京都港区南青山6丁目5番1号
財団法人 根津美術館
ホームページ http://www.nezu-muse.or.jp/

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