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魅力的でわかりやすい展示を求め続けて。寒川神社 方徳資料館

副館長 加藤迪夫さん副館長 加藤迪夫さん

千五百年余りの歴史を有する寒川神社の資料館として、2009年8月に開館

方徳資料館は神奈川県寒川町にある相模國一之宮 寒川神社の敷地に2009年8月に開館した。寒川神社の庭園として同月に開園した神嶽山神苑(かんたけやましんえん)の整備事業の一環で、神苑の一角に建てられた資料館である。寒川神社の所蔵する資料と方位除信仰に関する資料を展示・解説している。

約1万5千坪もの境内の広さを誇る寒川神社は江戸の正裏鬼門をお守りする神社で、地相・家相・方位・日柄・厄年などに由来する一切の悪事災難を取り除く八方徐(はっぽうよけ)の守護神として信仰されている。方位除・八方徐では全国唯一の有名な神社で、毎年、日本全国から多くの人が参拝におとずれる。

寒川神社の歴史をたどれば、雄略天皇の御代(456年~479年)に奉幣(注1)されたとの記録があり、千五百年余りの歴史を有する古社だが、創祀(注2)の正確な年代は不明だ。当初から方位除信仰があったわけではなく、起源も不明である。現在、日本には約8万社の神社があり、何を祀っているかによる分類によれば、稲荷・明神・天神・八幡などの神社が主流であるが、寒川神社はそのどれにも属さず、御祭神が何であるかは定かではない。寒川とは「清い泉の湧く所」を意味しており、一説には、寒川の神は「水を司る神」と言われている。このように創祀年代や起源は不明ではあるが、一方で『續日本後記』や『延喜式』、『吾妻鏡』などの古書に記述があり、平安時代の『延喜式』によれば、相模国の唯一の名神大社として高い社格に位置づけられている。鎌倉以後も相模国一之宮とされており、古くから由緒ある神社である。

(注1)奉幣とは、天皇の命により、神前に貢物を献上すること
(注2)創祀とは、神を初めて祀ること

寒川神社を象徴する方位除信仰をテーマに関連資料を研究・展示・教化・保存

方徳資料館が建てられている神嶽山神苑は、寒川神社の御本殿の裏手にあり、寒川神社の発祥の地である神嶽山を中心に整備された日本庭園である。神嶽山には「清い泉の湧く所」の由来となる神聖な泉「難波の小池(なんばのこいけ)」があり、庭園として整備される前は禁足地であったが、現在は神社を参拝したあと見学を希望する人に公開している。美しい園内は信仰と水と緑に満ちており、せせらぎの音を聞きながらゆっくりと散策すれば、水辺に休むカワセミなどの野鳥と出会う。そんな神嶽山神苑のおごそかな雰囲気に包まれて、方徳資料館は一角にひっそりと佇んでいる。

「構想当初、方徳資料館には寒川神社にまつわる8つのテーマを盛り込むつもりでした。しかし、それではコンセプトが散漫になる恐れがあるということで、最終的には、もっとも象徴的な方位除信仰にテーマを絞りました。その結果、興味を持って見学していただける館になったと満足しています。」(加藤副館長)

神社の所蔵する宝物を順に並べて展示するだけでは、これほど来館者の興味を引く魅力的な館にはならなかっただろう。方位除信仰をテーマに展示物をストーリー展開することで、来館者は物語を楽しみながら展示物を鑑賞できる。

木簡に墨で書かれた棟札もLEDのライティングによって鮮明に判読できる木簡に墨で書かれた棟札もLEDの
ライティングによって鮮明に判読できる

来館者の様子を観察しながら、常に展示方法を工夫・改善

「来館者の多くが、どの展示物の前で立ち止まるのか。かがんで何を見ているのか。素通りする場所はどこなのか。そんな観察を通して、常に展示方法の改善をおこなっています。」

加藤副館長のこの言葉に、魅力的でわかりやすい展示を追求する方徳資料館の姿勢があらわれている。開館してからも常に工夫を続けることで、来館者が満足する館へと成長していくとの考えである。

展示の工夫をあげるとすれば、まず、展示・解説のビジュアル化である。神苑も方徳資料館も参拝されたあとに見学できるが、お宮参りのご家族や厄年のお祓いに来られた方、家を建てる前に八方除に来られた方など、目的も年齢層も非常に幅広い。すべての層に興味を持ってもらうには、文字だけの説明では不十分で、できるだけジオラマやレプリカを使って表現するように心がけた。多くの人に、ひとつでも印象に残ったものをもって帰ってもらえればとの想いからである。

ビジュアル化でとくに苦労したのは、正面奥に掲示している年表だと加藤副館長はいう。日本の歴史に並行して、寒川神社の歴史を紹介している年表で、それ自体はよくある体裁だが、目を引くのが写真を多用している点である。

「文字だけの年表では多くの人に立ち止まってもらえません。そこで、“読む”年表ではなく、写真を使って“見る”年表にしました。もっとも、写真の掲載許可を1点1点もらうのには、非常に苦労しました。たとえば、鑑真像の写真や聖徳太子の絵画など教科書でお馴染の写真を載せていますが、いずれも、正式な手続きを踏んで法隆寺に許可をもらったものです。同じように、掲載している写真類はすべて、高松塚古墳、神護寺、宮内庁、奈良文化財研究所など1件1件手続きが必要だったので、たいへん手間がかかりました。でも、苦労した分、とても良い年表ができたと自負しています。来館者の中には、この年表がほしいとおっしゃる方もいるほどです。うれしいですね。」

また、展示物1点1点は、解説パネルでていねいに解説されている。開館当初からこうだったわけでなく、来館者の様子を見ながら工夫を重ねていったそうだ。展示室中央の平安京のジオラマの前には、映像で解説するモニターが設置されているが、これも必要を感じてあとから設置したものだそうだ。

さらに、「四神相応の地」「方違え(かたたがえ)」「鬼門封じ」など方位除信仰の理解を深めるために必要な50個のキーワードを選び出し、それを詳しく解説したシートを50種類印刷して、入り口のラックに置いている。興味あるキーワードがあれば、自由に持ち帰ることのできる解説シートである。一度見学するだけではすべてを理解するのは難しいので、この解説シートでフォローしているが、来館者にはとても好評だ。

展示に関して、もうひとつ大きな特長をあげれば、展示ケースの照明すべてにLEDを採用していることである。

LEDは、色温度を調整することで展示物にあわせて色味を簡単に調整できることが大きな特長である。また、LEDの照明下では、細かな文字が見やすく、読みやすい。展示品のひとつに、北条氏綱・氏康の時代の寒川神社再興の棟札があるが、写真で見るとおり、書かれた文字がはっきりと読める。蛍光灯の照明では、木簡に墨で書かれた文字は、ここまで鮮明に読むことはできない。この他にも、色の再現性がいいこと、作品の損傷が少ないこと、省エネであること、寿命が長いことなど、LEDは従来の照明にない数多くのメリットを備えている。

「照明だけでなく、資料館の建築・内装から展示ケースなどの設備機器まで、ハード面についてはすべて竹中工務店とコクヨファニチャーに任せました。日本造園設計が設計した神苑のコンセプトにふさわしい、非常に格調の高い資料館ができたと喜んでいます。私たちには判断できないハード面は、一流のプロのチームワークを信頼して任せるのが一番だと思います。」と加藤副館長は振り返る。

文字だけでなく写真をとり入れて、見やすくした年表文字だけでなく写真をとり入れて、見やすくした年表

陰陽五行に則った国府祭の神揃祭場をジオラマでビジュアル化陰陽五行に則った国府祭の神揃祭場をジオラマでビジュアル化

さまざまな視点からわかりやすく解説を加えた細川半蔵作「三極通儀」さまざまな視点からわかりやすく解説を加えた細川半蔵作「三極通儀」

京都大学のプロジェクトと共同で、関東における方位除信仰を学術的に研究

前述したとおり、寒川神社の起源は定かではない。何を祀っているのかも明確ではなく、方位除信仰がいつ頃から、どのような理由で始まったのかも今のところ不明である。由緒ある神社ではあるが、同時に謎の多い神社でもある。

そもそも、寒川神社に限らず、関東方面の方位除信仰の歴史はよくわかっていない。関西ではキトラ古墳の壁画に見られるように、古墳時代にすでに方位除信仰があったことが判明している。さらに、平安京は風水に基づき都市計画が立てられており、神社も方位的に意味ある位置に建てられた。また、源氏物語には方違え(かたたがえ)(注3)の記述があり、ここからも平安時代に方位除信仰が日常に定着していたことがうかがえる。

そこで、寒川神社では現在、京都大学の平安京プロジェクトと共同で、関東における方位除信仰の研究に取り組んでいるところだ。『延喜式』に記述されているすべての神社を日本地図上にマッピングして当時の地形と重ねたり、NASAが撮影した地表の三次元画像を解析して寒川神社周辺の古代の地形的環境を割り出したりして、神社の起源や方位除信仰の成り立ちを研究している。また、寒川町は縄文時代から弥生時代、古墳時代までのいずれの時代の遺跡も出てくる日本でも珍しい地域で、そういう視点からも学術研究の対象として注目され始めている。

このまま研究が進めば、寒川神社にまつわる謎の多くが解けることも期待される。そうなると、将来の方徳資料館の展示内容は大きく変わるかもしれない。歴史的ロマンに満ち、知的好奇心の尽きない世界が、これからさらに広がろうとしている。

(注3)方違え(かたたがえ)とは、外出や戦の出陣などの際にその方角の吉凶を占い、方角が悪いと出た場合に、いったん別の方向に向かってから目的地に向かうことによって、悪い方角に向かうことを避けること。

ミュージアムのご紹介

〒253-0195 神奈川県高座郡寒川町宮山3916
相模國一之宮 寒川神社 方徳資料館
ホームページ http://www.samukawa-jinja.or.jp

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