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美術品の本来の色を照らし出す、魅力的な展示を実現 岡山市立オリエント美術館

館長 谷一 尚さん館長 谷一 尚さん

国内でも数少ないオリエント考古・美術専門の美術館

日本三大庭園の1つである岡山後楽園や岡山城の周辺一帯は、美術館や博物館、音楽ホールなどの文化施設が集まり、「岡山カルチャーゾーン」と呼ばれている。その一角に建つ岡山市立オリエント美術館は、実業家で学校法人岡山学園の理事長も務めた故安原真二郎氏より、古代オリエントの美術品1,947点が寄贈されたことを機に、1979年に開館した。

建物は、吹き抜けのある中央ホールを回廊状に展示室が囲んでおり、2階のパティオの上部にも大きな吹き抜けが設けられている。コンクリートを総ハツリ仕上げした内壁と、古代シリアの彫刻に静かに光が降り注ぐさまは、神秘的で古代の神殿を思わせる。

美術館の核をなす安原氏のコレクションは、東洋史・オリエント研究の第一人者、東京大学の故江上波夫名誉教授や、故深井晋司教授の指導により形成されたもの。土器や陶器、石製品、彫刻、ガラス、青銅器、モザイクなど、古代オリエントの歴史や文化を俯瞰する幅広い内容となっている。また、開館25周年を記念して収蔵されたアッシリア・レリーフ(有翼鷲頭精霊像)や、古代ガラスのコレクションなどは、世界的に見ても貴重なものだ(現在は収蔵点数約5000点)。

「この美術館が幸運だったのは、展示するものが初めから決まっていて、あとから建物が建てられたことです。正しいプロセスで美術館が建てられたため、展示品だけではなく建物全体でオリエントの文化を感じとることができるのです」と谷一尚館長は語る。

建築家の岡田新一氏は、美術館の設計にあたって、収蔵品のふるさとである西アジアや、世界の美術館を見て周り、オリエントの美術品を展示するにふさわしい建物を作り上げたという。岡山市立オリエント美術館は、建築業協会賞(BCS賞)、公共建築賞、BELCA賞ロングライフ部門、日本建築家協会25年賞大賞など、数々の建築賞を受賞している。

主任学芸員 四角 隆二さん主任学芸員 四角 隆二さん

建築意匠は一切変えずに、中身だけを一新する

岡山市立オリエント美術館は、2010年11月初旬から2011年の3月末まで約4ヶ月間休館し、空調のリニューアル工事と、1階に3箇所ある大型壁面展示ケースの改修工事をおこなった。その際、工事の条件としてあがっていたのが、建築意匠には一切手を加えないということだ。外側の見える部分は以前のまま残し、展示ケースの中身だけを一新する――。言葉にするのはやさしいが、実際には制約が多く難しい工事だ。

初めは展示ケースの中に空調を引き込んで、24時間空調で展示ケース内の温湿度管理をおこなう案が検討されたが、ランニングコストの面で断念。最終的に決まったのが、展示ケース内部を二重構造にしてエアタイト(気密)化し、照明を白熱灯・蛍光灯からLEDに変更。LEDの基盤部分からでる熱は、熱切ガラスで遮断して、展示ケース内の温湿度を一定に維持する案だ。

「展示ケースの改修にあたっては、数社からいろいろな案をご提案いただきましたが、うちの収蔵品に一番合う案をご提案いただいたのが、コクヨさんでした」と主任学芸員の四角隆二さんは話す。

「他社さんからは、指向性が高いLEDの光を反射板で拡散させるという案をご提案いただきました。確かに大きなものに光をあてるには、そうすることが必要かもしれません。ただ、当館で収蔵している品物の多くは、西アジアの工芸品で小さなものが多いんです。コクヨさんは指向性の高いLEDの光の特性を知った上で、西アジアの工芸品を美しく見せるにはどう見せれば良いか、という視点でご提案をいただいたので、それがとても良かったですね。コクヨさんのプレゼンテーションからは、『私たちは単なる“ハコ”じゃなく、展示ケースを作りたいんだ』という熱意が伝わってきて、こういう人たちと一緒に仕事がしたいと思いました」。

古代の品々が持つ本来の美しさを引き出すLED照明

今回リニューアルされたのは、1階にある大型展示ケース3箇所。上部照明、下部照明、スポットライトすべてLEDに変更されたが、大型展示ケース以外の展示ケースは従来のままだ。また、改修した展示ケースも、外から見える部分は変わっていないため、来館者にはどこがリニューアルされたのか、一見しただけではわからない。しかし、来館者のアンケートは、リニューアル前と後で大きな変化があったという。

「10年前からずっと同じ様式でアンケートをとっているのですが、通常は全体のうち1割ぐらいは、“いまひとつ(不満足)”という回答があるのが普通でした。ところが4月にリニューアルオープンして今までの1ヶ月間(取材は5月初旬)で、不満足の回答は1つだけ。あとは、ほとんどが“非常に良い”や“良い”ばかりで、これには驚きました」(四角主任学芸員)。

考えられる大きな変化は、照明をLEDに変えたこと。やはり、良く見えることが下支えとなって、その結果、満足度を押し上げたのではないか、と四角さんは推測する。実際、リニューアルした展示ケースの前に立つと、目の前にガラスがあることを忘れてしまいそうになる。

「大型展示ケースは継ぎ目のない大きなガラスを使っていますが、普通のフロートガラスです。そのため照明を変えただけでは、見え方はあまり変わらないのでは…とも思っていたのですが、大違いでした。以前の見え方を、ピントの合っていないプリントされた写真にたとえるなら、今はピントがバッチリ合った高精細のデジタル写真を液晶モニタで見ている感じ。そのぐらい違いがあります」。

また、以前の展示ケースの天井から空間全体をまんべんなく照らす方法では、小さな工芸品を置いたとき、上部の空間を持て余してしまっていた。しかし、垂れ壁内側に照明装置をコンパクトにまとめ、指向性の高いLED照明で床面付近に光を集めた結果、視線を下に集めることに成功した。

これは視界に光源が入り込まない、鑑賞に適した展示ケースを実現しただけではない。大地震の際に、報告されることの多い「ルーバー(反射板)落下」による展示品破損のリスクそのものを排除する、副次的な効果もあった。

LEDを斜め上から照射。
光が下に集まるため、自然と視線も下に集中する。

2階は以前のままの照明。蛍光灯と白熱灯をルーバー(反射板)で拡散させ、全体を照らしている。2階は以前のままの照明。蛍光灯と白熱灯をルーバー(反射板)で拡散させ、全体を照らしている。

「今回、LEDに変えたことで、一番、良かったと思うのは、この照明が照度と色温度を無段階で調節できる、自由度の高い照明だということです。例えば、ペルシャ三彩など西アジアの陶器はカラフルなものが多いのですが、展示ケースの中では本来の色彩で輝くことがありませんでした。西アジアのやきものが展示ケースの外で見せてくれるあの美しさは伝わらないものだ、と半ばあきらめの気持ちでいたのです。実際、適切な照明下で撮影した写真と実物を一緒に展示する企画展を計画していたほどです。それがLEDの照明を使うと、色温度やスポットライトの角度や照度、下部照明の調節によって、緑色が浮いてきたり、赤紫が浮いてきたり、これまで学芸員が独占していた品物本来が持っている美しさを来館者の皆さんにも見ていただけるようになった。その分、照明の調整に時間がかかるようにはなったのですが…(笑)。この照明の下で、品物がどんな風に見えるのか、これから楽しんで確かめていきたいですね」(四角主任学芸員)。

約30数年前から岡山の地で、地道にオリエントの歴史と文化の魅力を紹介しつづけてきた岡山市立オリエント美術館。今では、友の会の会員がボランティアで解説員を務めるなど、着実にファンが育ってきている。しかし、まだ多くの人には、難しい・わかりにくいなどのイメージで、オリエント美術の魅力が伝え切れていなかった、と谷一館長は話す。

「これからは『綺麗だな』と思うところから、興味を持ってくれる人が増えるのではないかと期待しています。今回、LEDの照明が当館の品物にとても合うということがわかりましたので、今後は他の展示ケースも徐々に新しい照明に変えていく予定です。今なら幸か不幸か以前のままの照明も残っています。展示ケースの照明を変えることで、見え方にこれほど違いがでるという、良い実証の場になっていますので、ぜひ美術館関係者の方にも、お越しいただけたらと思っています」。

ミュージアムのご紹介

〒700-0814 岡山市北区天神町9-31
岡山市立オリエント美術館
ホームページ http://www.orientmuseum.jp/

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