ミュージアムレポート

HOME > ミュージアムレポート > VOL.29 > リニューアルを機に本来の考古学にさらにフォーカス

神に捧げられた千年の至宝を最高の環境で鑑賞する

式年造替に合わせ、旧展示施設を全面改築 館名も春日大社国宝殿へ改称

奈良・春日大社では、20年に一度社殿の建て替えや修繕、調度品などを一新する「式年造替(しきねんぞうたい)」が行われる。創建以来、およそ1300年にわたって連綿と受け継がれている儀式である。2016年は60回目の式年造替の年にあたり、それに合わせてさまざまな記念事業が実施された。「春日大社国宝殿」として2016年10月1日に新装開館した、宝物殿改修工事もその一環である。

「旧春日大社宝物殿は、1973年に公開型の収蔵施設として国の補助を受けて開館した施設です。開館から40年以上経ち、建物全体の耐震性や庫内の密閉性に問題があったことに加え、収蔵庫が手狭になっていたことから、今回の第六十年次式年造替記念事業で、周辺境内の一新も含めて大改修を行うことになりました」。主任学芸員の松村和歌子さんは、リニューアルに至る経緯をこのように話す。

改修にあたっては、建築家弥田俊男氏を総監修に迎え、1973年に谷口吉郎氏が設計した既存の躯体を活かしつつ、耐震補強を行い、増改築する方法がとられた。

新たな試みとしては、エントランスの奥に「神垣(かみがき)」と名付けられた展示空間が新設され、暗闇の中に光と水の映像によって聖地春日が表現された。これは宝物展示を見る前に、神秘的かつ荘厳な空間に身を浸すことで、春日大神の“気配”を感じてほしいという宮司、花山院弘匡氏の意向によるものだ。

照明・インスタレーションデザインを担当したのは、国内外の商業・建築の照明デザインを行う岡安泉照明設計事務所の岡安泉氏。このほか館全体の展示デザインはStudio REGALOの尾崎文雄氏、展示ケース企画・製作はコクヨと、いずれも美術館建築・展示の第一線で活躍するメンバーが結集し、神に捧げられた珠玉の品々を鑑賞するための展示空間が整えられた。

また、建物の前にはベンチに座って休憩もできる広場を設け、国宝殿の前を通って社殿に参拝できるようにアプローチの変更も行った。春日若宮おん祭で舞楽の演奏に用いられる日本最大の6.5mもの鼉太鼓(だだいこ)は、館外からガラス越しにのぞくこともできるため、春日大社を訪れる多くの方々に、館の存在を知ってもらえるようなったという。

春日大社は、日本を代表する甲冑や刀剣など国宝352点、重要文化財971点をはじめ、数多くの名宝を保有している神社だ。とくに昭和初期に撤下(※)された古神宝は、「平安の正倉院」と呼ばれ、平安朝では春日大社のみに残る意匠や技法の品々もある。しかし、春日大社にこれほど多くの国宝があることは「地元、奈良の人にさえ、あまり知られていなかった」と松村氏は語る。そこで、今回のリニューアルを機に、春日大社の宝物の魅力をもっとアピールしたいと、館の名称も「春日大社国宝殿」に改めた。


(※)撤下(てっか)=神に奉られていた御道具などがその役目を終え、神殿からおろされること。春日大社では昭和5年に多くのご神宝が撤下され、国宝や重要文化財に指定された。

春日大社国宝殿  主任学芸員 主事
松村 和歌子さん

重要文化財複製の鼉太鼓(だだいこ)。原品は1975年まで春日若宮おん祭に使用されていたが、傷みが激しいため現在は修復中。実際に使用する鼉太鼓としては、高さ6.5mは日本最大。床面を掘り下げ、前面をさえぎらない広々とした空間を実現している。

手前は、国宝の金地螺鈿毛抜形太刀(きんじらでんけぬきがたたち)。奥の鎧は、右側が国宝、赤糸威大鎧(あかいとおどしおおよろい)。左が国宝の黒韋威矢筈札胴丸(くろかわおどしやはずざねどうまる)。展示するものに合わせて、展示ケースのサイズ、スポットの高さなどが決められている。

最高の展示環境で、収蔵品の魅力を伝えたい

今回のリニューアルでとくに留意したのは、収蔵庫の環境改善と、所蔵品の魅力を十分に伝えるための展示環境の整備である。収蔵庫の環境については、断熱改修や空調設備の更新を施し、展示環境の整備については、コクヨの最新の展示ケースが導入された。

「当館の所蔵品の多くは、平安から鎌倉時代の王朝の美術工芸品と、日本を代表する甲冑や刀剣、神社の祭礼に欠くことのできない楽器や能面など芸能にまつわる品々です。刀などは近づいてよく目を凝らすとすばらしさがわかるのですが、これまでの展示ケースではその魅力を十分に伝えきることができず、もどかしい思いをしてきました。しかし、新しい展示ケースは、弥田・尾崎両氏のご意見をもとに美術館展示で経験豊富なコクヨさんから他館の取り組みを紹介していただいたり、実物大の展示ケースの模型で1つずつ見え方を確かめたりした結果、見せたいところに必要最小限の光をあてることで、刀の刃文や細工などの繊細な美しさをお見せできるようになりました。今回の目玉展示の1つである国宝の金地螺鈿毛抜形太刀の鞘に施された、竹林で雀を追う猫の姿もはっきりと確認できます」と松村さんは喜ぶ。

また、形が複雑なうえに、全方向から見どころの多い甲冑も、実物大の展示ケース模型で、どの場所にどんな照明を付けたらよいか、何度もテストを行ったという。おかげでかぶとの下、鎧の側面、裏側などにも光があたり、甲冑が浮かび上がるような展示が可能となった。

「独立展示ケースだけでなく、壁面展示ケースに入れるものの中にも、実は下からライトをあてたいものはたくさんあって、今は鏡の反射などを使いながら、上部スポットの角度を調整して、試行錯誤を重ねています。また、今回、壁面展示ケースの照明が、3000~5000Kの調光・調色が可能なLED照明になりましたので、展示ケースを使いこなして、ものの魅力を引き出すのもこれからの課題の一つ」と松村さんは話す。

豪華な飾り金物で知られる国宝、赤糸威大鎧(竹虎雀飾)(あかいとおどしおおよろい・たけとらすずめかざり)。
袖にある虎の特大金物が印象的だが、雀の金物もすべて違うデザインで98羽もいる。源義経奉納の社伝もある珠玉の一品。

テーマに沿ったストーリー性のある展覧会の開催が今後の目標

2017年1月半ばから3月の初旬まで、東京国立博物館では特別展「春日大社 千年の至宝」が開かれる。会期中は社外ではめったに見ることのかなわない国宝の数々を、東京・上野にいながらにして鑑賞できる。

春日大社国宝殿でもちょうどその時期、「第六十次式年造替記念展 御造替を支える人と宝物」を開催しており、春日大社に関連する展覧会が、上野と奈良の2か所で開催されることになる。準備は大変だが「ものの貸し借りという点で、当館もようやく他館から安心してお借りできるくらいに収蔵庫や展示環境が改善しました。できれば年に一度程度、当館の所蔵品と他館からお借りしたものを組み合わせて、ストーリー性のある企画展を開催したいですね」と、松村さんは抱負を語る。

春日大社には、すでに数多くの国宝・重要文化財があり、式年造替のたびに新たに撤下される品もあるが、やはりさまざまなものと組み合わせて、時代やテーマで区切って見せたほうが、より深い展示となるという。

国宝の金地螺鈿毛抜形太刀(きんじらでんけぬきがたたち)。エックス線CTスキャンなどを使った調査によって、柄や鍔など金具の多くが金無垢であることがわかった。

また、春日大社では、昭和のはじめに撤下された古神宝を、今できる最高の技法で復元し、式年造替のたびに神殿に奉納している。この復元調査によって、今までわからなかった新たな事実も見つかっている。

「今回の第六十年次式年造替で神殿にお戻ししたのは、国宝の金地螺鈿毛抜形太刀です。鞘のなかの刀身の形を知るためにエックス線CTスキャンにかけたところ、鞘や柄の外側などが白く光り、あわせて蛍光エックス線で非破壊分析を行った結果、きわめて高純度の金が使われていることが明らかになったのです。そういった発見は復元に活かすとともに、来館者の方々にもお知らせしていきたい。」

平安の貴族がおさめた究極の太刀を、人間国宝など当代一流の技術でよみがえらせる。今回の式年造替で神殿に奉納した太刀も長い目で見れば、やがてまた撤下されることもあるだろう。はるか1300年もの昔から、連綿と受け継がれてきた壮大な祈りの歴史を、新生した春日大社国宝殿で感じたい。

ミュージアムのご紹介

〒630-8212 奈良市春日野町160
春日大社国宝殿
ウェブサイト http://www.kasugataisha.or.jp

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