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日本最大級の専用の5面ガラスケースで国宝百済観音像の微笑みが浮かび上がる。

「門外不出」の国宝出展に沸いた特別展が新型コロナウイルスの影響で幻に……

聖徳太子ゆかりの寺として知られる奈良の古寺、法隆寺は国宝・重文を多数含む文化財の宝庫である。なかでも木造観世音菩薩立像、通称「百済観音像」は、飛鳥彫刻を代表する日本古代彫刻の傑作とされる。

すらりと天に伸びた八頭身のしなやかなフォルムと、謎めいた微笑は見る者の心を惹きつけ、国内外にファンが多い。長い間、滅多にお寺を出ることはなかったが、大の親日家だったジャック・シラク元フランス大統領の懇請により、1997年にはパリ・ルーブル美術館で海外初公開。帰国後「文化財指定制度100周年」の特別展覧として、東京から全国を巡回した。

以来、寺を出ることはなかったが、令和に入り東京国立博物館が2020年春の特別展「法隆寺金堂壁画と百済観音」への出展を発表。東京でのお目見えは23年ぶりとあって、大きな話題を呼んだ。

この展覧会に合わせて、東京国立博物館で百済観音像を展示するための5面ガラスケースを新規に製作。一方で、1998年、法隆寺大宝蔵院に百済観音堂が新築されたときコクヨが納めた展示ケースの一部解体・改造を行い、展覧会終了後に東京国立博物館の展示ケースを解体・運搬し、法隆寺で再びもとの位置に設置することとなった。

東京国立博物館から提示された難度の高い性能仕様をクリアするべく、コクヨが総力をあげて取り組み、国内最大級の5面ガラスケースが完成。ところが、搬入・設置後まもなく、新型コロナウイルスの感染拡大により、開幕直前に緊急事態宣言が発出され特別展は中止となり、百済観音像はオープニングの法要だけ終えて、斑鳩の里へ帰ることとなった。

百済観音像の来歴は不明で、江戸時代の書物に「虚空蔵菩薩、百済国ヨリ渡来……」とあることから長く虚空蔵菩薩とされてきた。1911(明治44)年に寺内の土蔵から発見された金銅透かし彫り宝冠に化仏が刻まれていたことから観音菩薩像であることが判明した。また、両腕と天衣、平面五角形の反花座以外はクスノキの一木造りであることから、現在では日本で造られた仏像であることが明らかになっている。

神秘的な微笑をたたえた表情の細部や色彩、曲線をクリアに魅せるガラスと照明

これまで数々のミュージアムで展示ケースを請け負ってきたコクヨにとっても、難題の連続だったという国内最大級(幅200cm×奥行190cm×高さ380cm)の5面ガラスケースの全容を紹介しよう。

使用したのは、高透過低反射合わせガラス。ガラス特有の青みを極力なくした厚さ6mmの高透過ガラス2枚に低反射コーティングを施して接着したもので、通常のガラスの反射率8%に対して、東京国立博物館から1%以下に抑えてほしいとの要望があり、海外メーカーへ発注した。

展示ケース内には、LEDスポットライトが設置され百済観音像を細やかにライティングできるように工夫されている。スポットライトは局所的な光を照射するのには適しているが、照射面に光のムラが生じやすいため、実物大のパネルを用いた照明実験を行い、スポットライトとライン型の照明を極力目立たないように配置し、百済観音像の魅力を十分引き出せるライティングが実現できた。

LEDスポットライトはそれぞれ別々にタブレット端末で調光できるので、お像を見ながら繊細なライティングを行えることも大きな特長だ。さらにアクリルの拡散板を上部に配し、展示ケース上部の天蓋からの照明を拡散させ、お像全体をやわらかな光で包み込むように工夫した。

従前の蛍光灯の照明では、本来の色彩やディテールがよく見えず、ご尊顔の表情も不明瞭であったが、この展示ケースでは杏仁形のつぶらな目や口角がゆるやかに上がったアルカイックスマイルが浮かびあがった。足元を雲のように流れる天衣や、竹の幹をかたどり根元に山岳形を刻んだ光背の支柱の細かな文様までが見てとれる。光背にわずかに残る赤、白、緑の彩色など、色の再現性も格段に高まり、低反射ガラスと相まって、お像が身近に感じられるようになった。

また、展示ケース下部にはXY方向に最大35cmスライドし、揺れを吸収する免震装置を組み入れることにより、過去に大きな被害をもたらした地震波にも対応できる免震性能を確保している。この免震装置は、5面ガラスケースに合わせて新調した木製の須弥壇内に納められていて、見ただけでは免震装置の存在はまったくわからないようになっている。

照明を最新のLEDスポットライトにしたことで、蛍光灯のときにはよく見えなかった本来の色彩やディテールが鮮やかに浮かび上がり、ご尊顔のやわらかな表情も観賞できるようになった。

東京国立博物館から奈良・法隆寺へ百済観音像の帰還と安置されるまで

209.4cmの像を光背までゆったりと収める5面ガラスケースは、総重量2000kg。東京国立博物館での設置もさることながら、解体して奈良の法隆寺まで運び、観音堂内で組み立てる作業も、これまでに例を見ないほど大掛かりなものとなった。

以前の展示ケース製作時に設けた天蓋は、由緒あるもので強度も十分であったことから、そのまま残されている。天蓋の下での限られたスペースでは組み立てができないため、天蓋の手前で組み立てを行い、完成状態で天蓋下の設置位置までケースを水平に移動させた。堂内には、東京国立博物館で搬入・搬出に用いた小型クレーンを持ちこむゆとりがないため、足場を組んでウィンチでガラス等の部材を吊り上げ、組み立てを行った。その後ケース内に実物大のお像のパネルを立て、東京国立博物館で行ったのと同様の照明実験を実施し、お像を安置してから最終の照明調整を行った。

古より多くの文人墨客に愛されてきた百済観音像は、さまざまな随筆で紹介されている。そのなかには、「ケースのガラスに光が反射して十分に拝することができない」*1 のが残念である、「顔の部分は、変色、変質、剥落がはげしく、表情も輪郭も定かではない」*2 ゆえに想像をいっそうかきたてる、と記されたものもある。いま彼らが、映り込みのない最新のガラスケース越しに、やわらかな表情の隅々までをつぶさに見せる照明のもと、この優美な像を目にすることができたら、どんな感興を抱くだろうか。

なお、この百済観音像の展示ケースは、日本博主催・共催型プロジェクトの一環として制作したものである。

*1 矢内原伊作「斑鳩の里」『名文で巡る 国宝の観世音菩薩』(青草書房)
*2 後藤純男「百済観音を描く」『NHK国宝への旅 16』(日本放送出版協会)

写真は、法隆寺・大宝蔵院における5面ガラスケースの組立作業。国内最大級の5面ガラスケースだけに、建築工事さながらの作業となった。

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