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展示、保存、操作性を追求した当代最高峰の独立展示ケース

甲冑の機能美と装飾美のディテールや質感にまで肉薄

東京国立博物館は今回、本館2階の「武士の装い」の展示室(5室と6室)に最新の独立展示ケースをそれぞれ1台ずつ、計2台を導入した。甲冑専用の大型の独立展示ケースである。1台は1,350mm角、もう1台は1,200mm角で、高さはともに2,600mm。写真に見るとおり、いずれも5面ガラスで免振装置付きの土台部分も薄く、非常にスタイリッシュなフォルムとなっている。

この展示ケースの開発と導入にあたり、東京国立博物館では関係部署の研究員が協力して取り組んだ。その一人である特別展室長の佐藤寛介さんによると、従来の展示ケースのさまざまな改善課題を踏まえ、コクヨとのコラボレーションで開発した現時点の最高峰の展示ケースだという。開発段階での創意工夫や導入後の評価などについて、佐藤さんにお話しをおうかがいした。

「当館は美術館的な要素も強いので、展示にも神経を使っています。今回は甲冑専用の展示ケースを導入したわけですが、いかに甲冑の美術的価値を鑑賞していただくかという観点から最高峰の展示ケースを追求しました」と佐藤さんは語る。

甲冑は戦場において身を守る機能を持つだけでなく、身分の高い武将のシンボルとして装飾性にも優れている。そして、機能美と装飾美を具現化するために、鉄や布をはじめ、漆、なめし革などさまざまな素材が使われており、日本の工芸技術の粋を結集した、いわば総合芸術作品である。

それらの素材をリアルに鑑賞していただけるよう、今回の展示ケースには高透過低反射合わせガラスを採用。ガラスの存在をほとんど感じることなく、ディテールや質感が手に取るように鑑賞できる。また、甲冑を正面からだけでなく、側面、背面のどの面からでも鑑賞できるのも独立展示ケースならではだ。照明については、上部と側面のガラスとガラスの継ぎ目に沿ってレールが引かれており、そのレール上の任意の位置にスポットライトを設置できるようになっている。作品に応じて適切なライティングができるよう、スポットライトの位置を自在に調整できる仕組みである。

「武士の装い」をテーマにした5室と6室では、甲冑や刀剣類、着物など武士が身に着けるさまざまな作品を一品一品鑑賞できるほか、全体を通して「武士の美意識」を感じ取ることができる。

東京国立博物館
学芸企画部企画課 特別展室長
佐藤 寛介さん

6室に導入された独立展示ケース(向かって左手前)。5面ガラスで免振装置付きの土台部分も薄く、非常にスタイリッシュなフォルムとなっている。

甲冑の展示替えをしやすくするため、展示台にスライド機構を採用

最高峰であるゆえんは展示面だけではない。操作性と保存性にも高い性能が備えられている。佐藤さんにその点もうかがってみよう。

「当館には、研究対象まで含めるとかなりの点数の甲冑を所蔵しています。それらを保存上の観点から年4回展示替えし、数年で一巡する、そんなローテーションを想定しています。そのために、展示ケースの構造を重量のある甲冑を入れ替えやすくしておく必要があります。そこで当館では展示台を引き出しのように出し入れできるスライド機構を採用しています」

展示台のスライド機構とは、普段ケース内に収まっている展示台が、展示替えの際に作品を載せたままケースの外に引き出すことができ、作品を載せ替えた後、そのまま展示ケースに押し戻すことのできる機構である。展示ケースの外で作品を載せ替えることができるので、重量のある甲冑などの展示替えがやりやすい。

このスライド機構は今回が初めてではなく、東京国立博物館では一つ前の世代の展示ケースから採用されていた。しかし、今回はさらに性能アップを図るため、コクヨにさまざまな改善を要望した。

その一つが引き出した展示台を支える脚の脱着方法である。従来は、別に収納している脚を持ち出して、その都度、組み立てたり外したりしなければならなかった。その手間を省くため、脚を展示台の裏側に装備し、零戦の脚が離着陸する際に出たり折りたたまれたりする、あの機構を採り入れたのである。コクヨから提案されたアイデアであった。

これにより単に手間が省けるだけでなく、こうして操作手順を減らせば、展示替えの作業に集中できて事故を防ぐことにもつながる。もちろん、同時に甲冑の重量を確実に支えるだけの強度がなければならない。そのため、佐藤さんはコクヨの工場まで出向き、思い切り体重をかけて耐荷重性を確かめてもいる。

展示台が引き出された状態(工場にて製作途中のものを確認)

創意工夫は展示台の脚だけではない。展示替えの際には、さまざまな作業が発生する。その一つひとつの作業をより容易にできるように、東京国立博物館は一度ならず三度もコクヨの工場を訪問し、仕掛りの展示ケースを実際に触って、コクヨと一緒に操作性を検証した。

「展示ケースの図面と仕様書を見れば、どのように操作するのかはわかります。しかし、実際の使い勝手は図面や仕様書だけではわかりません。力加減がどの程度であるか、操作する際に無理な体勢にならないかなど、使ってみてはじめてわかることがあります。そのため、工場におうかがいして製作途中のものを触らせていただき、気づいた改善点をその都度、要望しました。コクヨさんがそれに細やかに応えていただいたおかげで、最高レベルの展示ケースを実現できました。非常に満足しております」

高い保存性を確保するために ケース内の気流計測を実施
LED

今回の展示ケースを開発するにあたり、湿度管理を徹底するためにケース内の気流計測を実施したことにも触れておかなければならいだろう。

エアタイト機能を備える展示ケースは、相対湿度を55%に均一に安定させるために、ケース内の空気をまんべんなく循環させる必要がある。ケース下部の調湿ボックスからファンによって排出された空気が直接展示物に当たることなく、ガラスの内側に沿って上昇し、ケース上部に突き当たってからケース中央をゆっくりと下降して吸い込まれる。そのような循環が望ましい。

今回のような高さ2,600mmもある背の高いケースの上部まで空気をいきわたらせるには、ある程度の排出風力が必要だと考えられるが、強すぎると作品に悪影響を与える。甲冑の素材である絹糸や漆は劣化している箇所もあり、強い風があたると切れたり、剥がれたりする恐れがあるからだ。

そこで、東京国立博物館とコクヨは福岡県にある九州計測でモックアップを組み立て、気流計測を実施して、空気循環のシミュレーションを行った。ケース下部の排出口の幅と排出風量などの条件を変え、それぞれの条件のもとでの気流とその風速を「見える化」して確かめたのである。そして、もっとも望ましい空気循環を生み出した条件を割り出して、設計に落とし込んだ。

エアタイトの標準的な空気の入れ替え回数は1日当たり0.3回程度(つまり、3日でケース内の空気が全部入れ替わる)であるのに対して、今回の展示ケースは0.1回未満と非常に気密性が高い。そのケース内での理想的な空気循環は、こうして実現したのである。

現時点の最高レベルの展示ケースをめざして、コクヨと一緒に取り組み、お互いに気づいた点を意見交換しながら昇華できたことは、とてもいい経験になったと佐藤さんは当時を振り返る。

九州計測でモックアップを組み立て、気流計測を実施して、空気循環のシミュレーションを行った。

今回の展示ケースの仕様が、さらなる高みへの布石となることを期待

新型コロナウイルスも一時期と比べて下火となり、東京国立博物館にも海外からの多くの来館者が訪れている。来館者数が回復したというより、むしろ、コロナ前を上回る勢いである。最後に佐藤さんに今後のビジョンをお聞きした。

「ミュージアムは貴重な文化財をとおして、過去と現在、未来をつなぐ時間を越える存在ですが、同時に日本と世界をつなぐ空間を越える存在でもあります。これからもっと世界との距離が近くなれば、当館も今まで以上にニューヨークのメトロポリタン美術館やパリのルーブル美術館と並べて見られるようになるでしょう。こうしたナショナルミュージアムに追いつくのは、実際には予算的にも難しく、一研究員だけではどうにもならない課題です。しかし、心意気としては、当館も決して引けを取っていませんので、その魅力をしっかりと世界に発信していきたいと思います」と佐藤さん。

ミュージアムの最大の魅力はコレクションに尽きる。とくに甲冑や刀剣は海外からの来館者に人気のある作品である。その魅力を存分に発揮するためには、展示ケースの果たす役割は大きい。料理のおいしさを引き立たせるために、器が重要であるのと同じである。したがって、今回の展示ケースの実績を他の作品展示にも横展開していくことは、日本を代表するミュージアム、東京国立博物館の大きな課題ではないだろうか。

もちろん、国宝や重要文化財をはじめとする貴重な文化財は、全国津々浦々に存在する。全国のミュージアムの使命は、そうした日本の数々の文化財を守りながら、同時に多くの人にその魅力を伝えていくことだ。展示と保存という相矛盾する課題を同時に満たすために、コクヨと一緒に開発した今回の展示ケースが、さらなる高みをめざす布石となればと佐藤さんは願っている。

5室に導入された独立展示ケース(向かって左手前)。6室のものと高さは一緒だが、ひとまわり大きい。

Museum data

〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9
東京国立博物館
ウェブサイト https://www.tnm.jp/

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