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THEORiAを支える匠たち 匠レポート

美術品や歴史的価値の高い品物を展示する展示ケースには、モノを美しく「見せる」ことと、モノを劣化させず「守ること」の二律背反する課題が常に課せられています。
この難しい課題に日々取り組んでいるのが、コクヨファニチャーの展示ケース設計部署MUSEUM TEAMと協力工場のエンジニアたち。
匠レポートでは、THEORiAを支える匠たちとして、展示ケース製作に情熱を注ぐエンジニアたちをご紹介していきます。

掲載している内容は取材当時のものです。

匠レポート01 コクヨファニチャー株式会社 MUSEUM TEAM エンジニア 小松洋一郎

オーダーメイドの展示ケース製作は、顧客の声に耳を傾けることからはじまる

展示ケースは、大きく壁面ケースと島ケースに分けられる。壁面ケースはミュージアムの壁一面が展示ケースになったもので、新築や増改築の際、館のイメージや収蔵品に合わせて1つ1つ製作される完全オーダーメイドだ。一方、島ケースは、壁から離れて置かれる独立型の展示ケースで、オーダーメイドのほかに既製品もある。コクヨファニチャー株式会社MUSEUM TEAMのエンジニア、小松洋一郎が担当するのは、西日本エリアのオーダーメイドの展示ケースの設計・製造・施工・納品に関わるすべて。
小松の仕事は、まず、顧客であるミュージアムや設計事務所、ゼネコンに足を運び、どのような展示ケースが求められているか、顧客の要望をヒアリングするところから始まる。「ウチはこんな品物をもっているからケースの寸法はこれぐらい欲しい。子どものお客様が多いので高さはこのぐらいにして欲しい。展示室内の照明が少ないのでケース上部に照明装置をつけたい。和風の展示室に合う意匠にしたい。お客様のご要望は多岐にわたります。学芸員さんは展示ケースを『どう使いたいか』、設計事務所さんは『どう見せたいか』という視点からお話されることが多いですね」。
中には、「ケースを使わないときは、分解できるようにして欲しい」、「展示品のサイズがまちまちなので、ある程度汎用性を持たせたい」、「館のイメージに合わせて外側の見える部分には大理石を使いたい」などの要望もあるという。このように、顧客から出されるさまざまな要望を満たす仕様を考え、設計図面や仕様書に落とし込み、工場での製作監理、現場での施工監理を経て製品を引渡す。引渡し後のメンテナンスも小松の仕事だ。「展示ケース製作の1~10まですべてに関わるので大変ですけれど、その分ノウハウもたまりますし、やりがいはありますよ」と小松は笑う。

密閉性を高め、外気の侵入を遮断。展示品を守るため、高い精度が求められる

10年前、小松はパーティションや建具などオフィス建材を扱う部署からMUSEUM TEAMへ異動になった。配属されてすぐの頃は、展示ケースに求められる精度や要求の高さに驚きと戸惑いがあったという。「お客様の要望に基づいて図面を引き、モノを納めるという意味では、建材も展示ケースも大きな流れは一緒です。ただ、展示ケースについては、中の展示物を守るためにはどんな環境を保たなければならないか、どうすればその要求が満たせるかという点について、どこにも専門家がいない。しかも、展示ケース内の環境は、一般建築の有害物質放散基準とは桁違いの厳しい指針が東京文化財研究所から出されています。その指針に沿うように、内装材やクロスを貼る糊なども吟味して成分試験を行うなど、試行錯誤の連続でした」。さらに、展示ケース内の環境を適正に保ったあとは、外気の影響を受けないように密閉(エアタイト)性を高め、調湿材で湿度のコントロールを行うなど、ケース内を常に安定した状態に保つ必要もある。
また、小松がMUSEUM TEAMに配属された頃から、展示ケースの意匠性についても要求が高くなり、小松が先輩エンジニアを手伝い関わった滋賀県のMIHO MUSEUMでは、ガラス面と金属部分を接着し、周りの壁とガラス面をフラットにする、ガラスバックストラクチャーという方式が採用された。

ガラス面イメージ ガラスを接着シールで背面から保持することで、ガラス面とケース廻り壁がフラットになり、シンプルな意匠となる。

究極の展示ケースは、そこにケースがあることを感じさせないこと

「こういう仕事をしているので、僕らはつい展示ケースや照明に目が行きますが、ミュージアムに来る人たちは、展示ケースを見に来るわけではありません。いかに、展示ケースの存在を感じさせず、中のモノに集中してもらうか、それが私たちの腕の見せ所です」と小松は言う。
博物館や歴史資料館などでは、「古いものが展示ケースに守られている」という演出効果を狙って、あえてしっかりしたフレームを意匠として取り入れる場合もあるが、多くのミュージアムでは「展示ケースはできるだけシンプルに、来館者の視界を妨げないように」という考えが主流となっている。そして、現時点での国内最先端が、東日本エリアを担当するエンジニアが手掛けたサントリー美術館の展示ケースだ。
実際に足を運んでみるとよくわかるが、サントリー美術館の展示ケースは、見た目はシンプルなガラスの箱だ。しかし、その箱の中には、免震装置や照明、ケース内の環境を保持するための調湿装置、展示品を出し入れするための開閉装置など、ぎっしりとメカが詰め込まれている。
「技術的に一番難しいところは、やはり扉の開閉です。密閉(エアタイト)性を保ちながら、展示品の入れ換えのためには開けないといけない。また、セキュリティのためには、どうやって開くのか、見た目にはわからないような構造にしておく必要もあります。しかも、展示ケースの場合は、ガラスが連なっているとか、メカを仕込む部分がすごく小さいとか、外側に見せるのはガラスだけという意匠上の制約がある。意匠性も備えつつ、限られたスペースに技術をつぎ込む。そこが難しい」。

設計、製造監理、施工監理、すべてに関わるからこそ、できること

ただし、技術的なことに関して言えば、『こういうことをやっているんだ』と分かってしまえば、よそでもマネすることができるだろう、と小松は言う。「じゃあ、コクヨはどこが違うのかというと、ライティングもそうだけれど、展示品がどうやったらキレイに見えるのか。そのノウハウをもっているんです。それは、展示を手伝ったり、メンテナンスでお客様の不満を聞いたりという作業をやって、はじめて積み上がっていくものです。これに関して言えば、モノを作って納めただけではわからない世界で、簡単にはマネのできないところだと思います」。
エンジニアがお客様と接し、設計し、工場に行き、現場での施工監理から引き渡し、ライティングの調整やメンテナンスまで担当する――。幅広い知識と技術に加え、コミュニケーション能力も求められる大変な仕事だが、「例えば、構造だけしか知らなかったら、それだけの話しかできない。学芸員さん、設計事務所、ゼネコン、施主、色々な立場の人と接することで、見えてくるものがある」と小松は言う。「そうやって地道に積み重ねたものが、結果的に次の製品や技術的なものに活かされていくんです」。

どんなケースを求めているのか。中に何を収めるのか。寸法、照明、ケースの意匠。一つ一つ確認しながら、実際の仕様に落しこんでいく。

協力工場での打合せ。

匠WORD

本文でご紹介できなかった匠の印象的な言葉を集めました。

見えないところに手間をかけている。だから、わかってもらいにくい。「僕らがいくらキレイに展示ケースができた!」って言っても、それを評価してくれるのは、ミュージアムの関係者、専門家ぐらいでしょう? でも、それでいい。ミュージアムに来る人は展示ケースを見に来ているわけではないから。

お客様が『こうしたい』という要望は、大抵、技術的にクリアできる。ただし、時間とコストが許せば。この折り合いをどうつけていくのか。制約のある中でベストを尽くす。そういうことが求められていると思います。

「展示ケースなんてどこにあった?」と言われるのは、むしろほめ言葉です。

納めた展示ケースがどう使われているか見に行きます。品物を見ずにライトを覗き込んだり、這いつくばったりして。ミュージアムって防犯カメラがあるでしょう。不審者に思われて警備員に声をかけられることもありますよ。

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