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THEORiAを支える匠たち 匠レポート

美術品や歴史的価値の高い品物を展示する展示ケースには、モノを美しく「見せる」ことと、モノを劣化させず「守ること」の二律背反する課題が常に課せられています。
この難しい課題に日々取り組んでいるのが、コクヨファニチャーの展示ケース設計部署MUSEUM TEAMと協力工場のエンジニアたち。
匠レポートでは、THEORiAを支える匠たちとして、展示ケース製作に情熱を注ぐエンジニアたちをご紹介していきます。

掲載している内容は取材当時のものです。

匠レポート05 展示ケース製作施工監理 エンジニア 安福武

多くの人が関わる展示ケース製作 関係者全員が喜ぶ施工監理をめざす

「展示ケースの仕事は、すごく高い精度が求められるんです。設計段階から1mm、2mmの世界で、部品を小さく、取り付けのための隙間を狭く、というように削ぎ落としてきているわけですから、工場や現場の作業者にとっては、息を詰めるような細かい作業もありますし、そういう作業には根気も技術もいる。職人さんたちは皆さん、挑むような気持ちで仕事をしてくれていると思います」。そう話すのは、展示ケースの施工監理を担当するエンジニア、安福武だ。
展示ケースの施工監理の仕事を簡単に説明すると、ミュージアムの壁一面を覆う壁面展示ケースの場合、工場にあるのは、まだバラバラの部材の状態だ。それらを納品先のミュージアムへ搬入し、現場で展示ケースとしてカタチに仕上げる。その作業全般を取り仕切るのが施工監理だ。工場でいつまでに部材を仕上げ、どのタイミングで現場へ搬入し、どういう順番で組み立てるか。金物が仕上がれば、次はクロスを貼る内装作業やガラスをはめ込む作業が続く。工場で完成品として仕上げる島ケースの場合も、設計図面どおりに仕上がっているか工場で検査に立ち会ったり、現場への運搬・設置の段取りが必要となる。当然ながら、建物の工事をおこなっているゼネコンとの調整も重要だ。
多くの人が関わり、複雑に進行する展示ケースの施工監理。工事をうまく進めるためには、事前の打ち合わせや、現場でのネゴシエーションが肝心だという。
打ち合わせや交渉が下手だと、作業にロスが生じて余計な費用が発生したり、作業者にしわ寄せがいって品質が確保できず、結局は工事のやり直しになったりする。そうなると工事関係者全体の痛手となる。
安福に施工監理を任せるコクヨファニチャーの山内は、次のように話す。
「言われたら言われっぱなしで、なんでもハイハイと聞いているようでは、誰のためにもならない。現場から『よくやってくれた』と喜ばれ、職人たちからも『いい仕事ができた』と喜ばれ、最終的には、お客様からも喜ばれる。もちろん、自分たちも嬉しい。そういう皆がハッピーになれる施工監理をするには、『そういうなら、ここはこうしてくださいよ』と、作業者の立場にたって、交渉しないといけない。そのへんの話の持っていきかたが、彼はうまい」。

納期と競争しながら、緻密な作業を積み上げる

ミュージアムで貴重な作品や資料を守りながら、その美しさや価値を際立たせる役割をになう展示ケース。最新のミュージアムでは、外側から見えるものは、作品、床、ガラス、金属パネルのみで、展示ケースの存在感を限りなく消しているものも増えている。鑑賞する側にとっては、作品とじっくり向き合うことができるため嬉しいかぎりだが、作り手にとっては、隙間を狭く、部品やメカを小さく、見えない場所にコンパクトに納めなければならないため、作業の複雑・高度化を意味する。現場で作業を指示する立場で、苦労はないのだろうか。
「長年、展示ケースの仕事に関わっている職人さんたちは、こちらからうるさく言わなくてもわかってくれています。それよりも、展示ケースのことを知らない現場の監督さんとの調整のほうが大変です。ゼネコンさんは、そんなにしょっちゅう展示ケースの仕事をやるわけではないですから、施工に求められる精度がどれぐらい必要なのか知らないんです。展示ケースの仕事がこういうものだと理解してもらうまでは、通常の建築と同じ感覚で『もっと早くできないのか』、『できないんだったら、人を増やせ』というようなことを、言われることもありますね」。
しかし、展示ケースの仕事は、単純に人を増やせばできるというものではない、と安福はいう。展示ケースをよくわかっている職人が、順番に作業を追いかけて、やっとまともなものに仕上がる。それほど緻密な作業の積み重ねなのだ。
「現場には納期がありますし、うちが作業を終えないと進まない工事もありますから、『何日までにやれよ』という要求は、どんどん入ります。でも、後ろが詰まっているからと、安易に作業を終らせてしまうと、必ず自分たちに返ってくる。たとえば、作業中にレベル(水平)をちゃんと出しておかないと、最終で扉を入れたとき開閉が重くなったり、動かなくなったりします。また、エアタイト処理(隙間をなくして気密状態を保つ)が甘いと、検査の際にケース内の湿度が暴れて安定しないこともあります。展示ケースは、工事が進むと隠れてしまう箇所が多いので、問題の原因を突き止めるのも、やり直すのも大変です。だから、そういうことが起こらないように、納期と競争しながら骨組みの段階からコツコツと、丁寧に作業を積み上げていくしかないんです」。

工場検査

じっくりと時間をかけた佐川美術館・樂吉左衞門館の施工監理

展示ケース製作の仕事に関わって7、8年。その間、日本各地を出張で飛び回ったという安福が、印象に残る仕事としてあげたのは、滋賀県守山市の琵琶湖のほとりに建つ佐川美術館・樂吉左衞門館の施工監理だ。
佐川美術館の別館として2007年9月に開館した「樂吉左衞門館」は、佐川急便株式会社の創業50周年を記念して建てられたもの。地上1階、地下2階、総面積2,447㎡、6室に分かれる展示室は、すべて水庭の下に埋設されている。美術館の設計創案および監修は、桃山時代から続く樂焼の窯元である樂家15代当主、樂吉左衞門氏。設計施工は竹中工務店。設計に3年、施工に2年、計5年もの歳月を費やしたビッグプロジェクトだ。
「面積にもよりますが、展示ケースの施工の多くは、だいたい2ヶ月程度あれば現場での施工は完了します。でも、佐川美術館の仕事は1年ぐらいかけて施工していました。地下に展示室があるため、大きな部材を下ろすときや、機械が入らない場所へ人力で部材を運ぶときなど、通常の搬入作業よりも慎重さが求められましたし、当然のことながらクオリティの高さも要求されましたので」。
壁面ケースに使う大きなガラスや金属製のパネルは、重量が300~400kgになるものもある。それを10人がかりで人しか通れない通路から運び込む。何かの拍子に落としてしまうと、それこそ命に関わる事故につながる恐れもある。
「長い部材や、大きなガラスなどを運んでいるときは、自分が運んでいるわけではないんですが、本当に緊張します。ケガをしたら何にもなりませんから」。
施工現場というと、荒っぽいイメージをもつ人もいるかも知れないが、そこで進行しているのは、ダイナミックでありながら繊細かつ慎重な作業なのだ。

壁面ケースのガラス搬入(佐川美術館)

作品と展示ケースが一体となって、「いいな」と感じてもらえるように

今でこそ施工監理の仕事が主だが、最初に安福がミュージアムの仕事に関わったのは、展示ケースの設計だった。この経験が施工監理にも活かされていると安福は話す。
「施工監理の仕事自体は一般建築とかわりませんが、最初に設計に関わったことで、展示ケースに求められる精度がどんなものか、その大切さが身に沁みてわかりました」。
安福は現場の作業者からの信頼も厚い。「安福が施工監理する現場なら喜んでいく」と話す職人もいるという。
「この仕事は特殊なので、展示ケース専門でやっている施工監理者がなかなかいません。だから、いつもは他の建築を監理している人の現場にあたると、職人さんと施工監理者のあいだで折り合いがつかないことがあるんです。展示ケースの仕事をずっとしている職人さんは、精度が大事だということがわかっていますが、監理者のほうは『この作業になんでこんなに時間がかかるんだ』という話になることもあって…」。
ただ、作業者の仕事ぶりがわかってくると、大抵は「これは時間がかかっても仕方がない」と納得してもらえることが多いという。
設計者が限界にチャレンジし、その気持ちを受けとめた作業者が、挑むような気持ちで仕上げる展示ケース。安福の楽しみは、施工が終わり、作品が入った状態になってから自分が施工監理したミュージアムに足を運ぶことだ。
「展示ケースのことは、施工中にそれこそ飽きるぐらい見続けているんですが、やっぱり作品が入ると展示ケースが生きてきます。ケースに納まった作品に照明があたって、その作品の持っている美しさを引き出せたと感じたときは、仕事をやりきった満足感というか、しみじみと嬉しい気持ちになりますね」。

自主検査

(写真左)安福、(写真右)コクヨファニチャー山内。

匠WORD

本文でご紹介できなかった匠の印象的な言葉を集めました。

怒られるのはしょっちゅうです。「すみません、結構長くかかります」と言ってまわって、作業者の防波堤になるのが自分の仕事。現場の調整役というか、怒られ役ですね。

(色々な人との調整や根回しは大変ですね、という質問に対して)
職人さんの作業のほうが、見ていて大変だなと思います。まぁ、監理も胃が痛くなるんですけど。

「安福さんは頭の回転が速いんだと思う。こういう風に言われたら、こう返すとか、相手の意見を聞きながら、でも、主張するところは主張できる」(コクヨファニチャー山内)

もともと、美術館に行くのが好きだったんです。当時は展示ケースに注目することはなかったんですが、この仕事に関わってからは、せっかくいいものなのだから、できるだけきれいに見せたい。人が見て「いいな」と思ってもらえるものをめざしてやっていきたいと思っています。

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