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技術の粋を結集し、展示ケースの最高峰を極める

作品の美しさを最大限に引き出す、展示ケースを追求

東京国立博物館の本館日本ギャラリー1階の分野別展示室15・16・18室が、2014年4月15日にリニューアルオープンした。

今回のリニューアルで導入した展示ケースは19台、中に展示する作品によって、1つひとつ形状や大きさが違うのが特徴だ。

「従来の展示ケースは、同じ形状の展示ケースを連結したり、設置する場所を変えたりしながら、いろいろな展示に応用して使うという考え方で作られていました。しかし、今回導入した展示ケースは、以前の考えとはまったく違い、『その作品をもっとも美しく見せるには、どのような展示ケースが必要か』という発想で各分野の担当研究員と議論を尽くし、大きさ・形、配置が決められています」。そう話すのは、同館の学芸研究部調査研究課で今年の4月から考古室長を務める白井克也さんだ。白井室長は今回のリニューアルで、平常展調整室長(3月まで)として計画段階から展示ケースの導入に深く関わった人物の一人だ。

新しい展示ケースは、近年改修された本館12室や東洋館と同様の、金属フレームが非常に少ないデザインを踏襲し、上部の照明ユニットすらそぎ落とされ、本体のほとんどがガラス面で構成されている。16室や18室中央にある5面ガラスケースや大型ハイケースが特に顕著で、テーブルタイプの展示台が採用されているため、足元まで透けて見えている。これは展示ケースの存在を極力感じさせず、作品をより際立たせるために考えられた手法だという。

確かに、展示面の下が金属パネルで覆われ、上部に照明ユニットが装備されている展示ケースと比べると非常に軽快な印象で、多数の展示ケースが並んでいるにもかかわらず、展示室の入り口から奥までを一望できる。そして、なによりもまず作品が目に飛び込んでくる。展示ケースのガラスにはすべて、透明度の高い高透過・低反射合わせガラスが採用されており、室内のあちこちにある照明や人の姿がほとんど映り込まず、鑑賞に集中できる。見る角度によっては、作品だけが浮かび上がっているようにも見える。

また、「一番の目的は、作品をよく見ていただくこと」としながらも、「同時に重要文化財である建物そのものにも目を向けてほしい。それもテーマの1つでした」と白井室長が語るとおり、今回のリニューアルでは、室内の壁を博物館の建築当時の色に近い白に塗り直し、室内の照明も作品に影響を与えない程度に明るくしている。そのため、作品が見やすくなっただけでなく、展示室内の様子もよくわかるようになっている。

東京国立博物館
学芸研究部調査研究課
考古室長 白井 克也さん

じっくりと細部まで鑑賞できる、古写真用の展示ケース

140年以上の歴史を誇る同館には、文化財調査や博物学研究を通じて収集された図譜や絵図、書物や古い地図、写真など、さまざまな歴史資料が収蔵されている。

なかでも幕末から明治以降に撮影された古写真のコレクションは数万点におよび、近年学術的価値が見直され、社会的な関心も高まっている。この貴重な古写真を間近でじっくりと鑑賞できるように開発されたのが、15室「歴史の記録」にある、古写真用の展示ケースである。

ケースの奥行きはわずか30cm。覗いて鑑賞するスタイルではなく、1点ずつ額縁におさめて並べてあり、楽な姿勢での鑑賞が可能だ。しかも、不思議なことに、この展示ケースは写真の前まで顔を近づけても、作品に自分の影が入ることがほとんどない。これは本館の浮世絵や東洋館でのインドの細密画の展示の経験が活きていると白井室長は明かす。

影ができない秘密は、照明をあてる角度と、額縁を据えている台座にあるという。台座の上部をわずかに奥に傾け、急角度で上から光をあてることで、作品面には十分な光があたり、かつ、人の影が入らない絶妙な角度と位置に調整されているのだ。

「今回導入した展示ケースは、ほとんどが5面ガラスの展示ケースなのですが、上部照明ユニットをつけなかった理由として、展示室の景観を良くすることが1つ。それ以外に、作品に対して自由な角度から光があてられる点があります。上部照明ユニットは、作品を美しく照らすことができますが、展示ケースの中の限られた範囲しか照らせません。5面ガラスの展示ケースなら、照明の角度や作品の配置を工夫することで、さまざまな演出が可能なるのです」。

ただし、それは簡単なことではない。この展示ケースだけでも図面は何十回と書き直され、実物大模型も2度試作。関係者が集まり、展示面の高さから奥行き、額縁を据える台座にいたっては5㎜ずつ大きさの違うものを用意して、ベストのサイズ、位置、角度を検証したという。

「展示ケースはどういう大きさで、どこから光をあてれば効率よく作品面に光があたり、影ができないのか。来館者にはお子様、車椅子の方、背が高い方、さまざまな方がいらっしゃいますから、とにかくいろいろな条件を想定して、考え尽くしました」。

しかも、同館に導入された展示ケースはこれ1つではない。19台の展示ケースについて、それぞれ同様の吟味がおこなわれている。そう考えると膨大な時間が費やされたように感じるが、計画が動き出し、リニューアルオープンするまでの期間は約1年。高透過・低反射合わせガラスは、サイズの大きいものだと日本では加工ができず、欧州から輸入するしかない。材料の手配にかかる期間や製作台数を考えると、非常に濃密な作業であったことがうかがえる。

作品だけでなく説明のキャプションも、十分に光があたり、文字が読みやすい角度に調整されている。

すべての機能を、足元にコンパクトに収納。

作品の鑑賞に集中してもらうには、展示ケースの存在は感じさせない方がいい。ただし、日本美術は非常にデリケートなため、展示ケース内の温湿度のコントロールは必須である。また、繊細な作品は長期間の展示ができず、ジャンルや素材によって4週間から8週間ごとに展示替えが必要だ。そのため展示替えのしやすさ、扉の開閉のしやすさなどの操作性も重要なポイントとなる。

展示ケースはベースの部分を低くすれば低くするほど、展示ケースの存在感がなくなり、作品がより際立つ。しかし、その反面、機能を満たすためのメカの収納場所が小さくなる。今回導入された展示ケースのうち、一番小さなものは16室「アイヌと琉球」にある900㎜角の5面ガラスケースだが、この展示ケースの足元にはメカがぎっしりと詰まっている。調湿剤、調湿した空気を展示ケース内に送り出すためのファン、電動の開閉機構、免震装置。展示台上にLEDスポットライトも装備しているため、排熱用のファンも装備されている。その仕様を聞いたとき、展示ケース製作を担当したコクヨファニチャーのエンジニアたちは、これだけの機能を足元におさめきれるか心配したという。

「仕上がりを見ると、非常にシンプルで何でもないように見えますが、実はこの足元のコンパクトなスペースに、ものすごい技術が詰まっているんです」。

コンパクトといえば、展示台上のLEDスポットライトも機能的だ。小指の先にも満たないほどのサイズでありながら、上下、水平、挟角から広角まで自在に照射角度を調整できる。照度の調整もなめらかで、色の再現性もよい。

「照明については、これまでいろいろな器具で実験してきましたが、最近のLEDは性能がとてもよくなってきています。演色性がよく、色温度のクオリティも高い。たとえば、金属だったら金属らしくとか、学芸員が『この作品は、こういう風に見せたい』と要求したとおりの光を出し、なおかつ作品に有害な紫外線などはカットしてくれる」。

また、デジタルで照度・色温度の調節ができ、器具ごとのクセや個性が少ないという点も、使う側としては安心できると白井室長は話す。

「展示ケースの取り扱いについて、コツとか慣れに依存した部分が多すぎると、仕事を円滑に進める上では困ります。作品を1番きれいな状態でお見せするには、展示ケースの使いやすさも実は大切な要素なのです。今回さまざまな形の展示ケースを導入していますが、照明の調整や扉の開閉方法など、基本的な操作性はできるだけシンプルに統一しています。操作性の統一は東洋館のリニューアルのときにも努力したのですが、今回ようやく満足できるレベルに達しました」。

全長9.5mの傾斜型覗きケースを15トントラックで搬入

18室「近代の美術」にある、傾斜型覗きケースは、巻物などを展示するために開発された専用の展示ケースだ。これまでは2.5m幅の覗き展示ケースを4台連結して使用していたが、1台でまかなえるよう全長が9.5mもある。ガラスの継ぎ目も少なく、巻物を長く広げた状態で展示できる。また、中の台に角度をつけて、作品を長い距離見続けても姿勢に無理がなく、疲れないように工夫されている。

「この展示ケースの製作には、本当に苦労しましたね。とにかく検討する点が多すぎて…。途中で何度も『もう出来ないのでは…』と諦めかけたこともありました」と、白井室長は振り返る。

この展示ケースには手前と奥に照明が配置されているが、手前の照明の目隠しが車椅子の方の鑑賞の邪魔になっては困る。そうならない目隠しの高さはどこか。展示室全景で眺めたときに違和感がないのは何色かなど、細かなところまで議論が尽くされている。

1つ幸いだったのは、展示する作品のローテーションを考えたとき、中の台の角度は固定でよいと早い段階で確認できた点だ。

「台の角度が早めに決まったので、そこから派生して、照明や展示面の高さなどを考えていけたのは助かりましたね。そうじゃなかったら、不満を感じながらも、今も以前の展示ケースを使い続けていたかもしれません」。

今回、15室にも7.5mの覗きケースが導入されているが、これほど長大な展示ケースの製作は、コクヨファニチャーにとってもはじめての経験だ。大型の展示ケースは、たいていミュージアムで組み立てをおこなう場合が多いが、今回は大事をとって国内工場で完成品に仕上げ、トラックで慎重に博物館まで運ばれた。

「9.5mの傾斜型覗きケースは、15トントラックの荷台に載せたとき、手のひらぐらいしか後ろに余裕がありませんでした。日曜の閉館後から、本館の玄関前にトラックの荷台と同じ高さの足場を組んで、休館日の月曜中に展示ケースの設置を終えて、撤収する。展示室までは人の手で運んでいくしかなく、搬入にもドラマがありました」。

こうして数々の苦労を重ねて完成した展示ケースだが、作品の入った状態で見ると、そんな苦労のあとはどこにも見えない。しかし、博物館には作品を見に来ているのだから、それでいいと白井室長は話す。

正確にカウントしたわけではないが、リニューアル後の展示室は、以前よりも立ち止まって作品にじっと見入っている人の姿を見かけるようになったという。

「今回のリニューアルで、作品のよさを改めて発見してくれる方が増えているとしたら、嬉しいことです。ここ数年、作品に最適な展示ケースを作るということは、一貫して取り組んできましたが、博物館にはその考えが及んでいないところがまだまだあります。少しずつでも範囲を広げて、もっと多くの方々に作品の魅力を伝えていきたいですね」。

光の特性として、照明からの距離が近いところは強く、遠いところは弱くなる。何度も実験が繰り返され、作品に光のムラが起こらないベストの位置に照明が配置されている。

15室「歴史の記録」にある7.5mの覗きケース

ミュージアムのご紹介

〒110-8712 東京都台東区上野公園13-9
東京国立博物館
ウェブサイト http://www.tnm.jp/

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