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一振りごとに込められた時代性と刀工の技

学べば学ぶほどに惹かれる日本刀の魅力

「秋水」とは、曇りのない研ぎ澄まされた日本刀を言う。富山市にある、ここ森記念秋水美術館はその名のとおり、日本刀専門の美術館だ。他に、横山大観、川合玉堂など日本の近代美術史を代表する画家の作品や日本、中国の陶芸や書なども所蔵している。地元の医薬品メーカーであるリードケミカル株式会社の創業者、森政雄会長が蒐集した美術品を公開するために、2016年6月に開館した。

森会長が日本刀の蒐集を始めたのは、戦前に父親が何振りかの日本刀を持っていた記憶にさかのぼる。それが富山大空襲で全て焼失してしまったため、会社が軌道に乗り出したときに、父親が昔持っていた日本刀を購入しようと思ったのがきっかけだという。その後、日本刀の魅力に惹かれて所蔵品が増えるに従い、刀剣の愛好家だけではなく一般の方にも刀剣の魅力を伝えたら良いのではという声を耳にするようになり、15年ほどの準備期間を経て、森記念秋水美術館の開館に至った。

学芸課長の山誠二郎さんに日本刀の魅力について、お話しをうかがってみよう。

山さんはもともとリードケミカル株式会社に医薬品の研究員として入社した。ところが、入社してまもなく日本刀を勉強してみないかと、当時の森社長に誘われ、根が歴史好きなこともあり、日本刀の勉強を始めて、その虜となった。

「絵画や陶器に比べて、日本刀は一見、特徴がわかりにくいですが、学ぶほどに一振りごとの個性が見えてきます。その奥の深さに魅了されました。例えば、同じように見えても、時代によって形状は大きく異なります」と山さんは語る。

平安時代の刀は貴族文化を体現するかのように、刀身が全体に細身で切っ先も小さく優美で上品である。それが鎌倉時代の武士社会になると、刀身も切っ先も大きくがっしりとしたものになる。反りと長さが一番大きくなるのが南北朝時代。当時の最新兵器として大太刀を競うようになったのではないだろうか。

一方で、蒙古が襲来した元寇の頃は、鋒も小さくなり刀身も細くなる。蒙古兵の革の鎧は、当時の太刀を振り下ろしてもなかなか切れなかったため、突き刺して使う形状が求められた結果であろうと思われる。

戦国時代に入ると騎馬戦中心から歩兵戦中心へと変わり、それまでは馬上で太刀を刃を下にして腰にぶら下げていたのが、一転して刃を上にして腰に差すようになった。ぶら下げるよりも、腰に指して固定した方が地上を走り回るには都合がいいからではないだろうか。それ以後、日本刀は上に反った刀の状態が正規の姿となった。

「形状を大雑把に追っただけでも、このように時代の事情を背負っています。しかし、日本刀を語るには、これはまだほんの一端です。地鉄(じがね)の模様や刃文などに刀工の技が込められており、一振りごとにストーリーを秘めているのです」(学芸課長の山さん)

事務長 学芸課長
山 誠二郎さん

刀身に現れる地鉄の模様と刃文が日本刀鑑賞の重要な要素

地鉄(じがね)の模様とは刀身の表面に表れる木目調の模様のことである。

日本刀を作る過程では、折れず、曲がらず、よく切れるものにするために、玉鋼の塊を火にくべて真っ赤にし、それを叩いて延ばして折り返し、また火にくべて叩いて延ばして折り返すという作業を繰り返す。そのため、何度も折り返されたものが重なり合って、幾十もの薄い層が形成される。いわば、層の極めて薄いパイ生地のような状態となる。それをさらに薄く延ばしていくため、箇所によっては下の層が何層も表に出てきて、刀身の表面に木目のような模様が現れる。

古くは実用のために行われていた工程であったものが、徐々に刀工が独自の折り返し方や層の作り方を編み出して、刀工ごとに模様の意匠が異なるようになった。

同じように日本刀を鑑賞する際の重要な要素である刃文は焼き入れによってできる模様だ。

焼き入れとは、高温で加熱した刀身を水に浸けて急冷することで、刀身の硬度を高めるための工程である。このとき、刀身全体が硬くなりすぎると粘りがなくなって折れやすくなるため、使用する刃先の部分だけが、より硬くなるように焼き入れをする。その方法は次のとおりだ。

焼き入れの際には刀身全体に焼刃土(やきばつち)を塗るのだが、そのとき刃先の方を薄く塗ることで熱を伝わりやすくし、水に浸けたときに、より急速に冷却されて焼きが入る。土を厚く塗った部分は焼きが入らず、焼が入った刃先との間に組成の違いが生じて、その境目に刃文が現れる。

この刃文も土の塗り方ひとつで様々な形が現れるため、時代が進むに従って、地鉄の模様と同じように刀工がその意匠に凝るようになった。

このように日本刀は一振りごとに時代性や刀工の技が凝縮されており、その姿や地鉄模様、刃文などが愛好者に鑑賞される。

照明などに工夫を凝らし、日本刀の最適な展示環境を追求

地鉄の模様も刃文もいずれも目を凝らさないと見えないほどの霞のような繊細な模様である。そこを得心のいくまで鑑賞してもらうには、いかにくっきりと見えるようにするか、その展示環境が問われる。

幸い、ここ森記念秋水美術館は日本刀専門の美術館であるため、展示環境も日本刀に特化して追求することができた。中でも最も重要となるのが照明である。

計画段階でさまざまな照明テストを行った結果、まず、地鉄模様と刃文を明瞭に見えるようにするには、展示ケースの外部の天井からスポットライトを当てることが必須であることがわかった。また、色温度をやや低めにした方が地鉄模様と刃文とが浮き立つことも判明した。

しかし、一方で色温度が低いと刀身が赤っぽくなって、鉄が本来有する涼やかな輝きを失ってしまう。それを補うため、ケース内の照明は色温度を上げている。

ただし、上げすぎると、今度は刃文が白く飛んでしまって見えなくなる。あるいは、あまりにギラギラしすぎると凶器に見えてしまう。両立できるバランスを追求するために、非常に微妙な照明の調整が求められると山さんは言う。しかも、一振りごとに「平肉(ひらにく)」といって、刀身の背の部分に当たる棟から刃先までの角度が直線にならずにラウンドしている、刃文の出る角度も微調整しなければならない。

「もちろん、まだ開館したばかりで100点満点の照明ができているとは思っていません。試行錯誤を繰り返して、ベストな展示環境を見出していくのは、これからの大きな課題です」

照明環境だけではない。展示ケースのサイズや内装の色などについても、日本刀に特化した環境づくりが追求された。

例えば、展示ケース内の床面の高さ。地鉄模様や刃文の鑑賞は、目を近づけて模様が浮き出るポイントを探す必要がある。そのために、床面の高さは非常に重要なのだ。

日本刀の鑑賞は目を近づけ目線を上げ下げしながら、模様の浮き出るジャストの高さを探す。それが楽にできるように、手をつける場所を設けた。

また、ケース内の内装の色も、黒、グレー、白、ベージュなど様々な色を試した結果、最終的に今の濃紺色に決定した。黒やグレーは光を当てると白く反射するため、日本刀の輝きを見せるにはそれがノイズとなり、日本刀を最も引き立たせるのは濃紺色であることが判明したからだ。濃紺色は、日本刀の拵えや甲冑類に使われている金もよく映える。

展示ケースのサイズも内装の色も、最終的に原寸のモックアップを作って確認。満を持して6月11日のオープニングを迎えたのである。

最近、日本刀に興味を持つ若者が少しずつ増えているようだが、森記念秋水美術館とっては喜ばしい傾向である。

「刀剣女子という言葉が聞かれるようになりました。単純に美しいと感じてもらえるだけでもかまいません。それが入口になって、日本刀の奥の深さを徐々に知っていただければと思います。森記念秋水美術館が果たすべき役割も大きいと感じています」

ミュージアムのご紹介

〒930-0066 富山県富山市千石町1丁目3番6号
森記念秋水美術館
ウェブサイト http://www.mori-shusui-museum.jp/

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