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「開かれた美術館」を次世代に引き継ぐために

建物の断熱工事を機に壁面展示ケースの内装と照明を一新

静岡県立美術館は、1986年4月、県議会100年記念事業の一環として設立された。収蔵品の中心は、17世紀以降の東西の風景画である。西洋絵画ではロイスダール、ターナー、モネ、ゴーギャン、シニャック、日本画では狩野探幽、池大雅、司馬江漢、谷文晁、歌川広重、横山大観、日本洋画では五姓田義松、佐伯祐三、小絲源太郎、岡鹿之助など。このほか、静岡県ゆかりの作家の作品や富士山にまつわる作品なども収蔵している。

また、1988年にロダンの「カレーの市民」6体を購入、1991年には「考える人」の寄贈を受け、それらをもとにした展示や普及活動に力を注いだことから、パリの国立ロダン美術館との交流がスタートした。1994年には本館の隣にロダン館を新設し、現在、「地獄の門」や「考える人」をはじめロダンの彫刻を常設展示している。

さらに、静岡県立美術館の大きな特徴として、「開かれた美術館」をコンセプトに、講演会や講座、シンポジウム、ワークショップなどを積極的に開催している。設立当初より、実技室や講座室など作品展示以外のスペースを設け、開催中の展示会に連動する形で、その理解を深めてもらうために参加型のイベントを実施してきた。

現在、設立してから30年以上が経過し、建物や設備の更新が必要な時期を迎えている。そのため、2018年3月から6月にかけて本館を休館し、建物の断熱工事を実施。壁面展示ケースをいったん解体する必要があったことから、その機会を利用して、壁面展示ケースの内装と照明も全面的にリニューアルした。照明は長年使ってきた蛍光灯に代えて、最新のLED照明を採用。大きく刷新された展示環境について、上席学芸員の新田建史さんにお話をおうかがいした。

上席学芸員 新田 建史さん

指向性の高い最新のLED照明で展示環境が格段と向上

いまや美術館でも蛍光灯に代わる照明として、LED照明が主流となっている。静岡県立美術館でも以前に、照明のLED化を検討したことはあった。しかし、その当時のLED照明はマルチシャドウが気になったり、演色性に疑問が残ったり、いくつかの懸案事項が払拭されなかった。しかも、洋画と日本画の両方に対応することが絶対条件だった。そのような事情からLED化に踏み切るまでには至らなかったのである。

ところが、ここにきてLED照明の品質や性能が向上し、懸案事項も解決されたため、断熱工事にあわせてケース内照明のLEDへの更新が実施された。結果、展示環境は格段に良くなったと、新田さんは言う。

「蛍光灯と比べると、いまのLED照明はあらゆる面で優れていると実感しています。これまでの蛍光灯の光はLED照明のようなフラットな光ではないので、あちこちにぼんやりとした影ができ、ムラが生じていました。また、照度を落としたくても機械的に調整できないため、紙で光を遮るなどするしかありませんでした。そのような光では、絵の細部まで鑑賞できません。それがLED照明だと、細かなところまで非常にクリアに見えます。お客様に作品をじっくりと鑑賞してもらえる環境が整ったと喜んでいます」

特に今回採用されたLED照明は、さらに性能が大きく進化した最新の製品だ。LED照明はもともと指向性が高いが、今回の新製品は従来に増して指向性が向上した。そのため、照射範囲をより正確に選択できるようになり、複数を組み合わせることで、照射面全面にわたって照度がほぼ一律の(つまり、非常に均斉度の高い)ライティングが可能となった。

この特性を活かし、壁面展示ケースの天井に新設した3列のLED照明が、ほぼ一律の照度で展示ケース内の背面と床面をカバーしている。もちろん、従来も照射面全面の照度ができるだけ一律になるよう工夫されてはきた。しかし、ある程度、明るい部分と暗い部分が生じることは避けられず、照度差を20%程度に収めるのが限界だった。

ところが、今回のリニューアルではモックアップを作って3列それぞれの配光を何度も検証した結果、入隅のごく一部を除き、展示ケース内のどこを測定してもほぼ一律の照度を得ることができた。輝度テストでもそれは証明されている。これまで不可能とされていたレベルの高い均斉度が実現したのである。

左はリニューアル前の輝度分布。上部が赤いのは、輝度が高いため。分布が一律でないことがわかる。

右はリニューアル後の輝度分布。全面がほぼ緑一色で、一律な分布を示している。

また、床全面の均斉度を高めるために、ガラスに接するギリギリまでを照らしながら、ガラスの外に光が漏れないように照射範囲を区切った。指向性の高いLED照明だからこそ、できた設定である。

展示ケース内の光が外に漏れると、それが鑑賞者を照らすために、眼の前のガラスにその人が映り込んでしまう。これが鑑賞をじゃましていたが、LED照明をうまく活用することで映り込みを大幅に軽減することができた。

「今回のモックアップ検証は、地元の建築会社と電気工事会社、それにコンサルタントの尾崎文雄さん(Studio REGALO)や展示ケースメーカーのコクヨさんに協同で取り組んでいただきました。制約条件が多く、たいへん苦労をかけたように思います。しかし、求めるライティングを納得いくまで追求したおかげで、既存の展示ケースのままでも、照明を替えるだけで大きな効果を上げることができました」と新田さん。

3列の天井照明はそれぞれ個別に調光・調色することができ、それにスポットライトを組み合わせることで、作品に応じて適切なライティングを選ぶことができる。

「いまから思うと、昔の蛍光灯はほとんど何もできませんでした。LED照明になり、例えば色温度を変えるなど、作品に応じた環境をつくれるようになったのは、学芸員にとって非常にありがたいことです。いろいろ試行錯誤して使い慣れれば、もっと工夫できるようになると思います。これからが楽しみです」(新田さん)

現場で組み立てられたモックアップ。3列の配光やスポットライトを組み合わせた場合など、何度も検証が重ねられた。

今回のリニューアルを第一歩として、順次、インフラ整備を進めていきたい。

今回は、断熱工事と壁面展示ケースの内装・照明の全面リニューアルを実施したが、「開かれた美術館」を次世代に引き継いでいくためには、インフラ整備を今後も続ける必要がある。今回の大がかりなリニューアルは、その第一弾だ。最後に今後のビジョンをおうかがいした。

「静岡県立美術館全体のビジョンや計画を語るのは館長に任せるとして、私の問題意識は今後のファシリティにあります。次の課題の一つは、展示室のスポットライトの見直しですね。ロダン館はすでにほぼ全館LED照明に替えましたが、本館はこれからです。ほかにもまだまだ整備すべきインフラはたくさん残っています。それを済ませて次世代に引き継いでいくのが、私たちの世代の大きな責任です」

現在は建物や設備の制約上、やりたくてもできない展示や企画も多いと言う。新たなインフラを築いて制約を取り払うことで、将来、いっそう質の高い「開かれた美術館」に発展していくだろう。

ミュージアムのご紹介

〒422-8002 静岡市駿河区谷田53-2
静岡県立美術館
ウェブサイト http://spmoa.shizuoka.shizuoka.jp/

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