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折り目正しき日本文化を後世に伝えるために

いにしえの時代から眠っていた8万点もの国宝を所蔵する神宝館

明治神宮は2019年、鎮座百年祭記念事業として、本殿の屋根の修復や参道の歩道の整備などとあわせて、同年10月に明治神宮ミュージアムを開設した。

建築設計は隈研吾氏。古来より格式が高いとされてきた入母屋造りの建物である。明治神宮の杜の木立の高さを超えないようにするなど、杜の景観に調和するように建てられている。

保存・展示している収蔵品は、明治天皇と昭憲皇太后にゆかりのある品々である。それらを大きく分類すると、3つに分けられる。

一つ目が、明治天皇と昭憲皇太后が実際にお召しになられた衣類や、お使いになられた日用品など。二つ目が、明治天皇と昭憲皇太后に献上された品々である。また、明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后が崩御されたあと、1920年(大正9年)11月に創建されたが、その後に御祭神に奉納された品々が3つ目の分類となる。

いずれの品々もこれまでは、明治神宮創立の翌年、1921年に建造された宝物殿に置かれていたが、老朽化が進み、保存・展示環境の改善・整備が大きな課題となっていた。しかし、宝物殿が2011年に重要文化財に指定され、思うように改修できなくなったため、新たな場所に明治神宮ミュージアムを建設し、移転することになったのである。

明治神宮ミュージアム 館長
黒田 泰三さん

宝物展示室に置かれた2台の独立展示ケース。いずれも免振装置付き。
左手前の展示ケースに展示されているのが、明治天皇がご使用になった御鉛筆。右奥は明治天皇がご着用になった黄櫨染御袍。

西洋美術の構成主義に対する日本美術の描写主義の美しさ

明治神宮ミュージアムの構想段階から加わった黒田さんは、それらの美しさに目をみはったという。

「収蔵品はすべて、明治天皇と昭憲皇太后ゆかりの品々です。

西洋の美術と比べると、日本の美術は細部が美しいことが大きな特徴だと思います。西洋の美術は全体の構成の美しいものが多い。私はこれを構成主義と呼んでいますが、逆にいうと、細部まで拡大して鑑賞するものではありません。油絵のマチエールを拡大しても、ごつごつとした油絵絵具の塊が見えるだけです。

一方、日本の美術は細部を拡大してみても、非常に美しくつくられています。私はこれを描写主義と呼んでいるのですが、とくに明治神宮の品々は、どれも微に入り細に入り、作り手の思いが込められていて、格別に美しいと私は感じました」と黒田さんは語る。

たとえば、高木背水という画家は、明治天皇の肖像画を依頼されたとき、禊(みそぎ)を執り行って身を清め、アトリエに注連縄を張り、そこにこもって魂を込めて創作したという。それが美しさの結晶となり、細部に宿っているのであろう。

従来の展示は、明治という時代を理解してもらうことが主な目的だった。新たにできた明治神宮ミュージアムの展示では、それに加えて、収蔵品の格別の美しさをいかに引き出すかを追求した。その任にあたったのが、コクヨの最新の展示ケースである。

企画展示室の壁面展示ケース。展示ケース内の照明は、調光・調色(2,700K~5,000K)のできる上部ベース照明と上部スポット照明(3,000K)を備えている。

展示品の美しさを通して、折り目正しさを伝えていきたい。

大きな課題の一つは、適切な照明環境を整備することであった。

第一に、展示品が自然な色で鑑賞できること。それには光の色味が非常に重要なポイントとなる。第二に、広い展示空間に置かれた展示品に対して、鑑賞に必要な光が十分にいきわたること。いずれも展示品の美しさを引き出すために決め手となる要素である。

「展示ケースの最新の機能や性能については、コクヨさんから説明を受け、実績も拝見したので、何の心配もしていませんでした。しかし、照明環境については、実際に完成してみないとわからないことがあるので、どうなるものかと思っていました。でも、モックアップで確認しながら進めたおかげで、申し分のない照明環境が得られました。たとえば、ここののぞき型独立展示ケースは、奥行きがやや大きいのですが、それでも展示ケース内全体が均一にライティングできています。光の色味も光のまわり具合も非常に満足しています。

コクヨさんは、こちらが何をしてほしいのかを十分に理解して、かゆいところに手が届くような提案をしていただきました。また、社風というのでしょうか、担当者の方や作業者一人ひとり、気持ちのいい対応をしていただきました。」(黒田さん)


企画展示室の壁面展示ケース。明治神宮外苑にある聖徳記念絵画館は3mほどの高さのある大型の絵画を所蔵しているが、
その絵画も展示できるように、床を低くして、展示ケース内の高さを確保している。

いまも続く学術研究による新たな成果を紹介していきたい

黒田さんが館長に就任して、もう一つ驚かされたことは、明治神宮に仕える神官や職員たちの所作の美しさ、折り目正しさであった。それは何も特別なことではなく、すれ違ったときに立ち止まり姿勢正しく礼をする、そのようなごく日常的な所作である。そこには俗世とは一線を画した世界があり、いまでも原宿の駅から歩いてきて、明治神宮の杜に一歩足を踏み入れると、凛とした気持ちに切り替わるという。

また、日本の神道は、非常に寛容な宗教である。黒田さんは、次のように話を続ける。

「もちろん、寛容であることと、いい加減であることはまったく違います。寛容であり続けるためには、一人ひとりが日常生活で自らを律することが必要です。宗教上の戒律によって秩序を守るのではなく、一人ひとりの心がけで平穏を保つ。それが折り目正しさだと、私は考えています。

かといって、それを明文化して啓発するつもりではありません。明治神宮の杜は100年前に植林された人工林ですが、西洋の庭園のように人為的に設計されているのではなく、自然の淘汰に任せた結果、現在の美しく壮大な杜が形づくられました。

同じように、明治神宮ミュージアムにいらっしゃった来館者は、展示品の美しさの鑑賞を通して、一人ひとりがその人なりの感じ方をしていただければいいと思っています」

明治神宮ミュージアムでは、今後、宝物展示室での常設展示と並行して、企画展示室では年4回の企画展開催が計画されている。そのうちの1回は、他館から作品を借りて、明治という時代を伝える企画内容にする予定だという。そして、あとの3回は常設展示とあわせて、来館者が展示品の美しさを鑑賞しながら、うちにある「折り目正しさ」に気づく機会にしていただきたいと黒田さんは考えている。


ミュージアムのご紹介

〒151-0052 東京都渋谷区代々木神園町1-1
明治神宮ミュージアム
ウェブサイト http://www.meijijingu.or.jp/homotsuden/index.html

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