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多数のスポットライトを駆使し作品本来の魅力を最大限に引き出す

移転新築とともに期待感が高まる地域の文化創出の拠点

東広島市立美術館は、1979年6月、県内初の市立美術館として八本松町に開館した。黒瀬町出身の大久保博氏が「郷土の芸術文化発展に役立ててほしい」と美術館の建物を寄贈したのが始まりである。一般的に美術館は先にコレクションがあって設立されることが多いが、ここ東広島市立美術館は設立時に所蔵品ゼロという珍しいスタートであった。その後、地元作家を掘りおこして自主企画展を開くなどして、コツコツと作品を収集し、現在は所蔵品が1,000点を超える。地元の作家や市民とともに成長してきた、文字どおりの市立美術館だ。当初は収蔵庫もなかったことから増改築を重ねてきたが、築40年を経て老朽化に伴い、移転新築されることになった。

2020年11月、西条栄町にオープンした新館の外観は、向かい合う東広島芸術文化ホール「くらら」との統一感が図られている。館内に足を踏み入れると、黒を基調としたロビーの奥で、東京都美術館旧館から移築された重厚な扉と欄間が来館者を出迎える。旧館展示室扉として使われていたものが、新館にも受け継がれたのだ。2階から上は白を基調としたデザインになり、吹き抜けや窓が取り入れられ、開放的な空間となっている。美術館は、一般的には作品保護の観点から開口が少ない造りとなるが、新生・東広島市立美術館では来館者たちに西条の街並みの美しさを改めて知ってもらうため、多くの窓が設けられた。幾何学的なユニットの構成によって、外からは光が入りにくく中からは視界を確保しやすいよう工夫されている。窓枠にはLED照明が仕込まれ、通常の夜間は白色だが、イベント時にはさまざまな配色のライトアップで彩られる。

「暮らしとともにあるArt、生きる喜びに出会う美術館」というコンセプトを掲げ、新館がオープンしてから1年余。学芸員の大山真季さんに手ごたえや今後の展望をお聞きした。

旧館の2.5倍の展示スペースで大型の企画展の開催も可能に

「西条は奈良時代に国分寺がおかれた歴史ある地で、新館は、酒蔵地区や芸術文化ホールが近接する文化ゾーンに位置します。旧館は市の中心部から離れていたこともあり、市外からの認知度も低かったのですが、人通りの多いエリアに移り、美術館への関心も高まっているのを感じます」と大山さん。開館初日の11月3日は無料開館となったこともあり、たくさんの市民が朝から列をなし、周辺ではマルシェが開かれ、アートやワークショップを楽しむ人々でにぎわった。

東広島市立美術館の1000点を超える所蔵品の7割が近現代版画、ほかは現代陶芸、郷土ゆかりの作家による作品が占める。

「旧館では年に2回所蔵作品展を開催してきましたが、常設展示室がなく、所蔵品の点数に対して披露できる点数が少ないことが悩みでした。移転して展示室が2.5倍の広さになり、旧館に比べてコレクションをお見せできる機会が増えたのは喜ばしいことです」

開館記念特別コレクション展に訪れた地元の人からは、「身近にこんなにすばらしい作家がいたことを初めて知って、誇りに思いました」という感想も寄せられた。

新館ではおもに、2階をコレクション展示にあて、3階を特別展会場としているが、大規模な展覧会の場合は2・3階の両会場を使用することもできる。

「全国巡回するような展覧会は、旧館時代は展示面積の都合上難しいという事情もあって、これまで自主企画展を中心としてきたのですが、新館では大型の展覧会も開催できるようになりました」

講演会やワークショップなど館主催のイベントにも毎回多数の応募があり、アートギャラリーの貸し出し、学芸員等による作品解説、学校授業への協力など、地域の文化創出の拠点として幅広い活動を展開している。

東広島市立美術館
学芸員 大山 真季さん

人手がなくても簡単に扱える内開き式の開口部

扱う展示の幅が小規模な自主企画展から大規模な特別展まで広がったことから、移動できる大小各種のタイプの独立展示ケースを27台導入した。展示内容に応じて毎回自在に組み合わせ、展示会ごとに最適な展示スペースを構成していくというプランだ。導入に際してはまず1台を先行導入し、作品保護の観点からケース内の空気環境測定・温湿度の測定を行い、開閉の使い勝手などを確認したうえで全数導入のGOサインを出した。

また、独立展示ケースを主体にする一方で、2・3階とも10m幅の壁面展示ケースを設置。大山さんが絶賛するのは、この壁面展示ケースの、作品を出し入れする開口部の内開き式である。

「外開き式の場合、上下のパネルを開かなければなりませんし、ガラス吸盤でガラスを引き出してスライドするのは、何度やっても大変です。展示替えのタイミングなどで作業員の方がいる場合はいいのですが、閉館後や休館日に女性の学芸員が一人で脚立にのぼり、2メートル以上もの高所でパネルを開け閉めするのはなかなか怖いものです。今回の内開き式の壁面展示ケースは、上下のパネルを開け閉めする必要がないのでとても助かっています」

作品の持ち味を伝えるために必要不可欠なスポットライト

大山さんがもっとも重視したのは、独立展示ケース内の照明だった。行灯型には上下四隅に8個、横長の行灯型には上部と床面に8個ずつの計16個のスポットライトが設置されている。

「スポットライトがないケースを使ったことがありますが、陶芸などの形状によっては、上部のベース照明だけでは本来のよさが伝わらないことがあり、スポットライトは必須だと思っていました。たとえば花器で、上部の口が開いていて下がすぼんでいる場合、下のほうが影になってしまうのです。また、絵画と陶芸を一緒に壁面ケースのなかに収めると、絵画に合わせた低い照度では、陶芸が見えづらくなります。そこにスポットライトを足すと、どちらもきれいに見せることができます」とスポットライトの重要性を語る。

また、上部のベース照明が細かく調光調色でき、作品の本来の魅力を再現できる。

「調色調光も無段階で調整できるので、絶妙なライディングをつくることができます。今回出展したなかにも、パッと見は白く見える磁器の作品があるのですが、実はうっすら水色なんです。そこに色温度の低い黄色い光が当たると、青さがなくなってしまうので、ぎりぎり青さがわかるレベルまで色温度を上げて、周囲のケース照明と差がつかないぐらいの調整をしました。ケース内の照明をうまく使うと、そういう微妙な色味も、きれいに見せられます。コクヨの方にもいろいろご相談しましたが、皆さん丁寧に質問に答えてくださって、『もう少しこうなりませんか?』という要望に対しても、あれこれ手を尽くして解決策を探してくださいました」

じゃまな要素を一切排除した極めてシンプルなガラスケース

今回導入した行灯型展示ケースの特徴は、上部照明の電源をどこから引いているかわからない構造になっていることだ。一般的には、ケース内に電線を通すためのパイプを立てることが多いのだが、「作品鑑賞のじゃまになるものは極力省く」という考えのもと、配線用パイプを使わない方式が採用された。

「展示室内にたくさんの独立展示ケースを配置した場合、配線用パイプがあるとないとでは大違いです。展示品に集中できる環境を徹底的に追求する、コクヨさんの技術力に感心しました。それから壁面ケースにも共通することですが、開き口が目立ちにくいですよね。開館に先立って行われた新館完成内覧会のとき、まだ何も入れていない壁面展示ケースに親子連れの方がしげしげと見入って、『いったいどこから作品を出し入れするんですか?』と不思議がっていらっしゃいました。防犯上、詳しくはお答えできなかったんですが……」と大山さんは回想して、顔をほころばせた。

通常、展示を見るときは、作品に目を吸い寄せられて、ケースの存在に気づくことはほとんどない。新館建物のお披露目という特別な場だったからこそ、空のガラスケースそのものに目を留め、高度な技術に素朴な疑問を抱く人が現れたのだろう。

ミュージアムのご紹介

〒739-0015 広島県東広島市西条栄町9番1号
東広島市立美術館
ウェブサイト https://hhmoa.jp/

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