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神聖なる熱田の杜のなか妖しく自ら光り放つ刀剣が浮かぶ

古くから刀の奉納を受けてきた熱田神宮

三種の神器のひとつである「草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)」をご神体とする熱田神宮は、令和への御即位奉祝記念事業の一環として、2021年10月、刀剣専用の展示施設「剣の宝庫 草薙館」(以下、草薙館)を新設した。

神代の昔、日本武尊(やまとたけるのみこと)が敵の謀略にはまり野火攻めに遭ったとき、「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)」は自ら抜け出て草を薙ぎ払い、尊を窮地から救った。尊に授けられた剣が「草薙神剣」と呼ばれるようになった逸話からわかるように、古来、刀剣は単なる武器ではなく意思をもった霊器として尊ばれた。

全国の崇敬者から熱田神宮へ奉献された刀剣は、平安時代に作刀された古刀から、慶長~宝暦年間の新刀、明和年間~明治の新々刀、廃刀令以降の現代刀まで450余口にのぼり、国宝・重要文化財20口、愛知県指定文化財12口が含まれる。刀工の国も五箇伝の発祥地である大和、山城、備前、相模、美濃をはじめ広域に及ぶ。

刀剣を展示する美術館・博物館はほかにもあるが、草薙館がそれらと一線を画するのは、所蔵品のすべてが信仰の証として奉納されたものである点だ。神に捧げられた奉納刀のもつ精神性と、それを拝観する空間にこめた特別な思いを、熱田神宮文化研究員兼宝物館学芸員の福井款彦さんと、設計・デザインを手がけた上田徹/玄綜合設計の上田徹さんに伺った。

奉納刀の史料的価値と神への捧げものとしての精神性

道具として使われる刀は、研ぎ減りや刃毀れ、短く仕立て直す磨上(すりあげ)などによって、どんどん姿を変えていく。姿の変遷が刀の時代を判断する基準になるわけだが、遡って復元的に見なければ作刀された時代はわからない。時代がわかれば、その時期に活躍していた刃工をたどって、そこからさらに追求していくことができる。

一方、草薙館が所蔵する刀剣は、奉納された時点で実用性を離れるため、作刀されたときの『生ぶ(うぶ)』と呼ばれる姿のままのものが多い。「復元的に見る力を養うためには『生ぶ』の刀を知っておかなければならないので、専門家にとっても当館で奉納刀を見ることは大切な勉強になります」と長年刀剣を研究してきた福井さんは奉納刀の史料的価値について話す。

「日本の誇る伝統工芸文化ですから、その美術性や制作技法を伝える意義はいうまでもありませんが、草薙館開設にあたっては熱田の大神へ捧げられた宝刀として、精神性をより強調したいと考えていました。ただ、そうした目に見えないものを展示でどう表現するのかは至難の業でした」

奉納刀のもつ神秘的な持ち味をいかした荘厳な展示を実現するべく頭を悩ませたという。相談を受けた上田さんが、神宮の意を汲んで描きだしたのは、「夜明け前の神聖なる暗い『熱田の杜』のなかで、刀剣そのものが光り放つように見える」というイメージだった。神域の森のなかにいることを、天井の鏡も使い映して体感してもらい、館内には木曽石、黒い塗土壁、木、縄飾りといった天然素材を採り入れて神宮の自然との融合を図った。

展示方法として、刀の精神性に焦点を当てるために考案したのは、斬新な「半島ケース」。「熱田神宮という神域に奉納されたからには、一刀一刀に宿るものがあります。その個性を感じとっていただくためには、一振りごとに別のケースで拝観していただかねば、という思いがありました。しかし、従来の独立型ケースは場所をとるので、壁面から斜めに突き出す半島のような形をとりました」と上田さん。

刀の展示では、白布をかけた刀掛けに刀身を横たえ、安定感と重厚さを表したものが多いが、今回は透明アクリル板の刀掛けを採用。一見すると宙に浮いているようだ。さまざまな方向から立体的に鑑賞できるようになり、裏面に刻まれた「切付銘」と称される奉納銘も読みとれる。

熱田神宮 文化研究員兼宝物館学芸員
福井 款彦さん

上田徹/玄綜合設計 代表取締役
上田 徹さん

姉川の合戦で真柄十郎左衛門直隆・直基父子が用いたといわれる真柄の大太刀。
写真の「太郎太刀」は拵え総長340cm、約10kg、このほか拵え総長 267cm、約8kgの「次郎太刀」も常設展示されている。刀剣体験コーナーではレプリカを手に取り、ずっしりとした感触を味わうことができる。

繊細な地鉄と刃文を浮き立たせ刀身を最大限に輝かせる照明

次のステップは照明だった。日本刀を鑑賞する際には、姿と地鉄(じがね)と刃文(はもん)という3つの見所があり、照明の強弱や角度の微妙な調整が欠かせない。

「刀に秘められた生命力、躍動感を展示で表すためには、ライティングが非常に重要です。刃文を例にとると、白い波の境を中心として粒子があり、ライトが当たると光の帯になって輝くのです。刃文は焼き入れによって生じる沸(にえ)と匂(におい)によって成り、粗く星のように光るのが沸、霞がかかったように見えるのが匂です。LEDを使うとそれぞれ異なる見え方が明瞭に浮き出るのですが、光が強すぎると今度は、刃文と鎬筋(しのぎすじ)の間に淡く影のように見える映り(うつり)が判然としなくなります」と福井さんは刀剣の照明の難しさを語る。

細部にわたる趣を残しつつ、かつ刀身は光り輝かせなければいけないということで、外打ちのスポットライトと、展示ケース内に設置した複数のスポットライトを組み合わせて照射することにした。外打ちの2つのライトをしめ縄の房に収め、その房を上下しての高さを変えられるよう考えたのは上田さんだ。

「第一に、刀自身が光を放っているように見せたいという趣旨なので、照明器具をむきだしにすることは避けたいと思いました。第二に、ガラスケースのなかの刀に触れることなく、外側からもっとも適した照明を当てる必要がありました。それも1センチ単位で近づけたり遠ざけたり、上下左右もできる状態でないと、刃文や地鉄の模様を明瞭に見せることはできません。器具を人目に触れさせないことと、自在に動かせることを両立させたのが、しめ縄の房型照明です」

いまだかつてない形状のガラスケースと照明の仕掛けを実現させるため、熱田の杜のなかに、天井鏡面構造の2分の1縮尺の大掛かりなモックアップが組まれ、幾度となく検証が行われた。

「天井高の高い空間でなければ検証もできないので、神宮の木材倉庫を借りて、壁面とガラスケース込みの試作模型をつくるところから始まりました。房型照明の高さを少し変えるだけで、上から吊っているワイヤーのバランサーとの均衡が崩れるので、安定感をつかむまでは困難の連続でした。そのほか、半島ケースは前例のない形状で、しかも石や木との採り合いもあり、コクヨさんにはハードワークをこなしてくいただくことになり、たいへん感謝しています」と上田さんは試行錯誤の日々を振り返る。高さを定め、それぞれのライトの角度と照射幅を細かく調整する作業を繰り返した結果、スペースにもっとゆとりが必要だとわかり、当初12台を予定していた半島ケースは10台となった。

苦労の甲斐あって、外打ちの2つのライトにより、刀身のフォルムをきれいに見せられるようになった、と福井さんは満足そうだ。

「刀の姿全体をまんべんなく映し出している例は、ほかでもあまり見られません。展示中の『太刀 銘 備州長船兼光』(重要文化財)などは、匂い口が力強く、映りも立っている様子が下からのライティングで際立っています。写真を撮っても、そういうところまではなかなか写らないのですが、人間の目というのは不思議なもので、数か所をきちんと見せると、見えない部分も頭のなかで補完して、美しい全体像をとらえることができるのです。適切なライティングの大切さを改めて感じます」

愛知県指定文化財に指定されている「脇指 銘 吉光 亀王丸」、通称〈蜘蛛切丸〉(鎌倉時代)。「熱田国信」「痣丸」とともに、「熱田三剣」「熱田の三腰」とも称される宝刀。

三方に開放されたケースは、長い刀を先端から見るというユニークな鑑賞方法を可能にした。「私たちは刀を扱うときに、鋒(きっさき)を向けないようにと教わってきましたから、賛否はあると思いますが、刀剣ファンの女性たちは『こんな方向から見られるなんて』と喜んでくれます」と若い層の反応を温かく見守る福井さんの隣で、上田さんは新たな構想を練っている。

「体験コーナーの板床は、舞台としても使えるんです。大きな刀や槍を振り回すことができる場所は少ないので、将来的に刀を使った演武を披露する場として、あるいは刀の鑑賞方法や手入れの仕方をレクチャーする場として、フレキシブルに活用してほしいですね。多種多様な切り口で刀にアプローチしてもらい、刀を愛する次の世代に対し、武士道を学べる発信地になればと願っています」

ミュージアムのご紹介

〒456-8585 名古屋市熱田区神宮1丁目1番1号
熱田神宮「剣の宝庫 草薙館」
ウェブサイト https://www.atsutajingu.or.jp/kusanagi/

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