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地方都市リノベーション事業を活用した美術館建設

豊かな文化を育み、多くの芸術家を輩出した栃木市

栃木市立美術館は、隣接する栃木市立文学館(2022年4月27日開館)とともに「ふるさと・ひと・ときを結び、未来をつくるミュージアム」をコンセプトとして、2022年11月3日に開館した。

かつて農業が主たる産業だったこの地域において、栃木市は江戸に通じる巴波川(うずまがわ)の舟運の要所にあり、江戸時代から商業都市として発展した。明治17年に栃木県庁が宇都宮市に移されるまで県庁が置かれ、地域の中心的な都市でもあった。江戸との交流の中で発展する経済とともに豊かな文化も育まれ、浮世絵師の喜多川歌麿をはじめ、明治以降に活躍した清水登之、田中一村、刑部人(おさかべじん)、鈴木賢二らの画家や飯塚小玕齋(いいづかしょうかんさい)、飯田清石(いいだせいせき)らの工芸家など、数多くの芸術家を輩出している。

栃木市立美術館
館長 杉村 浩哉さん

鈴木賢二
「式根島(式根・新島・御蔵・三宅)

刑部人「樵夫」

このような文化的土壌もあり、2003年には豪商、善野家が江戸時代に建てた土蔵を改装し、「とちぎ蔵の街美術館」が開館した(2021年3月閉館)。この土蔵は、通称「おたすけ蔵」と呼ばれ、土蔵を建てることで地域職人の仕事をつくり、経済的に支援するためのものでもあった。

「とちぎ蔵の街美術館」は江戸時代の浮世絵や工芸品など約2,500点を所蔵し、20年近く市民に愛されてきた美術館であったが、江戸時代の建築物であるため、温湿度などの管理が難しかった。さらに規模も小さいため、近現代の大きな作品を展示することも難しく、これらの課題に対応できる新しい美術館が求められた。

そこで、「とちぎ蔵の街美術館」を引き継ぎ、新設されたのが栃木市立美術館である。オープンしてから1年余、館長であり学芸員の杉村浩哉さんに、開館の経緯と今後の展望についておうかがいした。

文化芸術拠点の建設を実現するために、地方都市リノベーション事業に着目

商業都市として栄え、豊かな文化も育まれた栃木市では、地元の芸術家の顕彰活動が盛んに行われていた。清水登之顕彰会や刑部人勉強会、鈴木賢二研究会、田中一村記念会など、市民が中心になって自発的に顕彰活動が行われることは全国的にも珍しいことである。「とちぎ蔵の街美術館」の開館以降、市民の熱はさらに高まり、美術館の新設を求める声に繋がった。

「栃木市民の皆さんが美術に熱心であることは、栃木市にとって大切な宝物のように思います。本格的な美術館が欲しいという声を多くいただいたのは、本当に嬉しいことでした。しかし、人口が15万7,000人ほどの街ですから、財政的に決して豊かではありません。そこで関係者が協議を重ねて出てきたアイデアが、国土交通省の地方都市リノベーション事業の活用でした」

地方都市リノベーション事業とは、人口減少と高齢化、地場産業の停滞などによる地域の活力低下を鑑み、経済社会情勢の変化に応じた都市の再構築(リノベーション)を支援する国土交通省の施策である。しかし、これは地域生活に必要な都市機能(医療・福祉・商業等)の整備・維持を支援し、地域の中心拠点・生活拠点の形成を進めて地域の活性化をめざす事業であったため、美術館の建設に適用された事例は極めて少なかった。

そこで、旧市役所跡地と旧栃木町役場庁舎などを含めた地域を「県庁堀周辺地区」としてリノベーションを推進する地域に位置づけたうえで、美術館単体の新設でなく、文化芸術館(現、栃木市立美術館)と文学館の整備、さらに市民交流センターと保育園、周辺道路の整備とを合わせた5つの事業をセットにしてリノベーションすることとした。この事業計画は国土交通省に申請・承認され、旧栃木市役所の本庁舎跡地に、蔵をモチーフにした外観の栃木市立美術館が建設されるに至った。

開館記念として、市民参加型のキックオフ・プロジェクトを開催

2022年11月のオープンに際して、開館を盛り上げるための「キックオフ・プロジェクト」が企画され、うちメイン企画として2つの市民参加型ワークショップが開催された。

その一つが「1トンになる タムラサトル」。栃木県小山市出身の現代美術作家 タムラサトルさんが手がけた作品で、ワークショップの参加者が1つの台秤の上に集まって乗り、合計で1トンちょうどになるよう挑戦する。ワークショップは栃木市の6つの地域で開催され、高校のラグビー部部員や和太鼓奏者、地元の子供たちなど各地域の市民が参加し、この模様を収録した映像作品が栃木市立美術館の展示室で投影された。

展示室で投影された「1トンになる タムラサトル」

「タムラさんは私が以前からよく存じ上げていて、今回、市民の皆さんと現代アートを作りませんか?とお声がけしたのが企画の始まりです。単純極まりないイベントですが、地域の皆さんが大笑いしながら秤に乗っておられました」と杉村館長は語る。

この映像作品を投影するスクリーンに使用したのが、壁面展示ケースのガラス面に設置したパネルである。コクヨが導入した壁面展示ケースの一つは、ガラス面全面にパネルが脱着できるような機構になっている。この脱着パネルでガラス面を隙間なく覆うことで、このときのようにスクリーンとして活用ができるほか、絵画などを掛けて展示することもできる。企画展での多様な作品展示を想定したものだ。

「日本の伝統的美術と西洋美術の両方を展示する美術館にとって、壁面展示ケースをどのように使うかについては、常々重要な課題と認識していましたので、改めて考える良い機会になりました」

一方、メイン企画のもう一つは「とちぎを藍で染める」。名取初穂先生(國學院大學栃木短期大学准教授)の指導により、かつて栃木の特産品であった藍を育て、色について学び、葉を収穫して生地を染め、種を収穫するワークショップである。伝統的な手法で染めた作品と制作過程をまとめたパネルを展示し、藍の歴史や文化を共有し、継承できるように可視化された。「1トンになる タムラサトル」とともに、本館のコンセプトである「ふるさと・ひと・ときを結び、未来をつくるミュージアム」に沿ったイベントとなった。

「とちぎを藍で染める」のイベントでは、ワークショップに参加された皆さんの作品が展示された。

LED照明が、喜多川歌麿の高精細複製画を鮮明に再現

栃木市立美術館の約2500点の所蔵品のなかで、代表的なものに江戸時代の浮世絵師・喜多川歌麿の作品がある。美人画の大家として名を馳せ、その経歴や活動に謎の多い歌麿だが、江戸時代中期に流行した狂歌を通じて、栃木市とゆかりのある芸術家の一人である。優れた狂歌師でもあった歌麿は、同じく狂歌師として活動していた栃木市の豪商・善野家の当主・4代目善野喜兵衛と狂歌を通じて親交があった。この縁で善野家から依頼され制作したと伝わる作品が「深川の雪」、「品川の月」、「吉原の花」からなる「雪月花三部作」である。これらは歌麿の最高傑作と評されており、この高精細複製画が栃木市立美術館のオープンとともに展示された。

「オープニングの目玉作品ではありましたが、私は本物を見ることが第一義だと考えてきましたので、高精細とはいえ複製の展示には若干の抵抗感がありました。しかし、実際に展示してみると、私の懸念はまったく杞憂でした。多くの来館者の目を引き付けたのです。美術館関係者からも高く評価されました。これはコクヨさんの展示ケースと照明システムのおかげだと感謝しています」

杉村館長によると、「雪月花三部作」は以前、栃木市役所のロビーに展示されていたそうだ。決して十分とはいえなかったその展示環境から、つくりの立派な展示ケースに移し、適切にライティングすることで、同じ作品の見え方がこれほどまでに変わるものかと、館長自身も驚かれたという。

「雪月花三部作」は2023年秋の「歌麿まつり」開催時にも展示され、そこでも注目を集めたそうだ。

古きを残して次代に繋げる、新たな拠点の始まり

開館から1年あまりが過ぎた今も、展示ケース越しに作品を見た方々から高い評価を得ている。

「目の肥えた美術関係者から展示ケースが素晴らしいのでうらやましいと言われたことがあります。ケース内に光源があるので、外からライティングする際に生じるケースの影がありません。さらに色温度も調整できるので、演出効果も高まります。私が以前勤めていた美術館では、展示ケースの照明調整といえば、調光だけでしたので、色温度を変えられることには特に大きな可能性を感じています。

展示室全体の照明を落として暗くし、展示ケースだけをぼんぼりのように置いて、少ない作品をていねいに鑑賞していただくという展示方法も考えられます。一度やってみたいですね」と杉村館長は将来の工夫を語る。

飯田清石「花籃 萌」
展示ケース内の上部照明でライティングされ、光がよくまわっているため、作品の下部が暗く落ちず、ケース床面にできる影も最小限にとどまっている。

「蔵の街」栃木市を象徴する存在であった「とちぎ蔵の街美術館」を受け継ぎ、新たな歩みを進める栃木市立美術館は、この先の未来をどのように描いているのだろうか。最後に杉村館長におたずねした。

「今後も栃木市ゆかりの作家について、深掘りするような個展を続けていきたいですね。そのなかで作品や研究を蓄積していくことが美術館にとって何よりの財産になりますし、そのような活動を着実に続けていくことが基本だと考えています。そのうえで、県外も含めてもっと多くの方々に来ていただけるように、作品の見せ方を工夫したり、多様な企画展を開催するなど、いろいろ取り組んでいきたいです」

「蔵の街」という古き良きイメージと地域ゆかりの芸術家たちの足跡を残し、未来に繋げる使命をもって生まれた美術館は、新たな歴史を刻み始めた。

Museum data

〒328-0016 栃木県栃木市入舟町7-26
栃木市立美術館
ウェブサイト https://www.city.tochigi.lg.jp/site/museum/

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