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作品のディテールまで明瞭に再現する最新の照明環境

開館16年目の2021年、館内を大幅にリニューアル

東京・日本橋の三井本館ビル7階に2005年10月に開館した三井記念美術館は、三井家が江戸時代から収集した美術工芸品約4,000点を所蔵、展示する美術館である。うち国宝が6点、重要文化財75点、重要美術品4点に及ぶ。このほか世界屈指となる13万点の切手コレクションでも有名だ。これらの所蔵品は、もともと1985年5月に東京都中野区に開館した三井文庫別館で20年間保存、展示されていたもので、展示スペースが狭いこともあって、何度か移転が検討されながら実現には至らなかった。

そのような折、世紀が変わる頃に立ち上がったのが、日本橋地域の再開発計画である。そこで「古いものを遺しながら、新しい街を創る」という開発コンセプトのもとに、直前の1998年に重要文化財に指定された三井本館ビルに文化的な施設を入れる構想が打ち出された。いくつかの候補が上がるなかで、三井の拠点となるビルだけに、三井文庫別館を移転するのがふさわしいだろうという話に落ち着き、2005年10月に三井記念美術館として再スタートしたのである。

それから16年後の2021年、空調整備や照明環境、エントランスやミュージアムショップなどが大幅にリニューアルされた。そのときにコクヨが担当した照明環境のリニューアルなどについて、学芸部長の清水実さんにお話しをおうかがいした。

三井記念美術館
学芸部長 清水 実さん

開館10年目には有害ガス対策で展示ケースの内装を改修

はじめに清水部長から、三井記念美術館の所蔵品について説明があった。

「三井家は江戸時代の半ばから、本家筋と分家筋あわせて11の家があります。このうち本家筋の北三井家、新町三井家、室町三井家の3つの家から美術品が寄贈されたほか、やはり本家筋の南三井家から切手が寄贈されました。切手はのちにダイセルの元社長、昌谷忠(さかやただし)氏からも寄贈され、13万点ものコレクションになりました。ですので、美術工芸品と切手類という、ちょっと性格の違う二つが一つになり、三井記念美術館の所蔵品になっています」

三井家は江戸、京都、大阪に店を持っていたが、住まいは京都にあったので、所蔵品にも京都の文化に由来するものが多い。その一つが、所蔵品の過半を占める茶道具である。それに続いて、能面や能装束など能楽関係のものがある。三井家は自分たちでも能舞台を作って演じるなど、長く能楽の保護に努めてきた。それもあって、昭和10年に大和猿楽四座(やまとさるがくよざ)の一つである金剛流が断絶した際、家に伝わっていた能面54点すべてを三井家が譲り受けることになった。三井家に託せば後世まで残してくれると考えたのだろう。

このほかにも明治以降に収集した中国の古拓本や敦煌経の経巻、さらには、ひな人形・ひな道具など三井家で日常的に使われていたものまで含め、現在の所蔵品は約4,000点にものぼる。

京都の文化に由来する茶道具は、三井記念美術館を代表する所蔵品

続いて、清水部長に2021年に実施されたリニューアルについてお聞きした。

「2021年9月から翌年4月まで8か月間ほど休館してリニューアルしたのは、ちょうど新型コロナの感染対策で休館しなければならない時期だったからです。一般的に美術館は、開館10年目ぐらいにリニューアルの時期を迎えますが、当館はその頃、展示ケースの改修にあたっていたので、リニューアルまで手が回りませんでした」

ここでいう展示ケースの改修とは、文化庁の基準に適合するための改修のこと。2005年の開館時に導入した展示ケースは、温度と湿度の基準には適合していたが、その後、アンモニアや有機酸など有害ガスに関する厳しい基準が設けられた。その基準を満たすため、有害ガス発生の原因となる内装材の改修が必要になったのである。国宝や重要文化財を展示する公開承認施設の認定を受けるためにも必要な条件であった。

具体的な改修方法は、内装材の上にアルミシートを貼り、さらにその上にミュージアムクロスを貼って、内装材から出るガスを遮断。展示ケースに設置する展示台も同様に改修した。これによって、ガスの発生はほとんどなくなり、公開承認施設の更新もクリアした。

「この改修もコクヨさんにお願いしたのですが、改修効果は非常に大きかったですね。2021年のリニューアルの際に、展示台をすべていったん収蔵庫に仕舞ったのですが、しばらくして収蔵庫内のガス濃度を測ったところ、ほとんど有毒ガスが検知されませんでした。あれには驚きました。他の美術館もされてはどうでしょうか」と清水部長は当時を振り返る。

作品の種類や求める演出に応じて色温度の調整が可能に

その後、2021年にリニューアルに取り込むわけだが、大きな変化は照明をすべて蛍光灯からLEDに取り替えたことである。このときのリニューアルは、建築を含めた全体の計画を日本設計が担当し、展示ケース含めた照明の計画はstudio REGALOの尾崎文雄さんが担当。尾崎さんは普段の展示会のライティングも担当しており、三井記念美術館の照明を知り尽くしている。

LEDに取り替えたのは、蛍光灯の生産が終わり、入手できなくなることが見込まれたからだ。すでに小型の蛍光灯は生産を中止しており、LEDへの更新は時代のすう勢でもあった。清水部長はLEDに対して若干の懸念があったそうだが、結局、それも杞憂に過ぎなかったという。

「LEDは直進性の高い光で、そのうえ数多くの端子から構成されているので、端子の数だけ影ができるのではないかと懸念していました。しかし、技術的にクリアできているのでしょう、照明テストで心配のないことがわかりました。これなら問題ないと、LEDに取り替えることを決めました」

清水部長はLEDの大きな利点として、次の3つを挙げた。

第一に、作品の種類や求める演出に応じて、色温度を調整できること。コクヨの展示ケースの標準仕様は、2,700Kから5,000Kの間で無段階に色温度を微調整できる。例えば、国宝に指定されている「如庵」を再現した茶室は、障子越しに入る自然な外光を再現するため、色温度を4,500Kと高めに設定している。従来の蛍光灯の照明ではできなかった、まったく新しい機能である。

第二に、LEDの光の特性として、作品表面の微妙な凹凸を再現できること。例えば、能装束は細かな刺繍が施されているが、その刺繡の凹凸やさらには布地の織り目まで明瞭に鑑賞できるようになった。

LEDに変えたことで、能装束の刺繍や布地の織り目など微妙な凹凸が明瞭に再現できるようになった。

第三に、お茶碗のような作品は下の方(高台脇あたり)が暗くなるので、従来はスポットライトで補うことが一般的だったが、尾崎さんが設計した照明環境は光がうまく回るため、スポットライトがなくても柔らかい光で下のほうまでよく見えること。これはLEDの効果だけでなく、展示ケースの上部照明の光源をうまく設計したからだ。

ケース内の上部照明は従来、3本を「川の字」に配置していたが、四辺の枠に沿ってLEDを「ロの字」に配置したのである。それにより、光が周辺から照射され、その光がお茶碗の下の部分までうまくまわるようになった。さらに、「ロの字」の中央にパネル型の面光源を置いて併用し、お茶碗の内側もしっかりライティングできるようにした。

「照明を全面的に入れ替えたことで、来館者からは作品がとても良く見えるようになったとのお褒めの声をいただいています。学芸員にとっては、調色できるようになったことが一番ありがたいですね。いままで、まったくできなかったことですから。ただ、今回は既存の展示ケースをそのまま残し、照明だけを取り替えたので、コクヨさんはご苦労されたのではないでしょうか」

所蔵展と特別展の両輪で、幅広い美術愛好者の集う美術館に

既存の展示ケースを残して照明だけを入れ替えるのは、難しい側面もあったが、一方で、既存の展示ケースを使って、事前に何度も照明テストができたことは大きなメリットだった。満足のいく照明環境が実現したのも、照明テストの場で学芸員と尾崎さんやコクヨがやり取りを重ねた結果である。

LEDへの入れ替えに先立ち、照明テストが何度も重ねられた。

「尾崎さんには普段からお世話になっていますが、コクヨさんにも内装材の改修をはじめ、2005年の開館以来、ずっとお世話になってきました。例えば、展示ケースの開閉機構も長年使い続けると、部品の交換が必要になります。そんなときも、コクヨさんはすぐに対応してくれます。大きな会社の割には社員の方が職人肌というのでしょうか、こだわりをもって現場をフォローしてくれるので、とても助かっています」と清水部長は目を細める。

最後に、今後のビジョンについておうかがいした。

「開館して20年近くになりますので、近いうちに展示ケースを全面的な入れ替えが必要になるでしょうね。照明を取り替えて、今まで以上に満足のいく展示ケースになりましたが、20年を超えると傷みが気になってくるはずです。今後のビジョンという意味では、技術も進歩しているので、重要文化財の三井本館ビルにふさわしい新しい展示ケースを検討する時期も遠くないと思います。そのうえで、多くの人を呼べる企画展を計画していきたいですね」

三井記念美術館は、数多くの貴重な作品を所蔵しているので、所蔵品だけで展覧会を開催していくことは可能だが、来館者は特別展も楽しみにしている。年間に所蔵品展は2回、京都や奈良から仏像をお借りするなど特別展を3回ぐらいの割合で開催することで、幅広い美術愛好家に来館いただきたいと、清水部長は締めくくった。

Museum data

〒103-0022 東京都中央区日本橋室町二丁目1番1号 三井本館7階
三井記念美術館
ウェブサイト https://www.mitsui-museum.jp/

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