ミュージアムレポート

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数々の新機軸を搭載した 累計197メートルもの壁面ケース

大阪人の心意気に育まれた美術館 開館以来、初の大規模リニューアル

大阪ミナミの天王寺公園の一角に建つ大阪市立美術館。大正時代、美術館建設を条件に大阪の豪商・住友家から「慶沢園」を含む旧本邸跡地の寄贈を受け、1936年(昭和11年)、日本で3番目の公立美術館として誕生した。購入・寄贈により蓄積された収蔵品は8700件。社寺等からの寄託品と合わせると約1万6700件にのぼる。重要文化財など貴重な作品も多く、2025年3月下旬には鎌倉時代の経典「物語下絵料紙 金光明経 巻第二」が所蔵品としては初の国宝指定を受けた。

開館以来、初めてとなる大規模改修では、登録有形文化財である建物を保全しつつ耐震補強を施し、最新の設備・技術を用いて展示・収蔵環境を充実させるというミッションが課せられた。2年5ヵ月におよぶ工事期間を経て、2025年3月1日にリニューアルオープン。正面の大階段横にはガラス張りのエントランスが新設され、バリアフリー仕様となった。ミュージアムショップやカフェなど無料ゾーンも拡充。テラスからは隣接する日本庭園「慶沢園」(大阪市指定文化財)が一望できる。

名実ともに「ひらかれたミュージアム」として新たなスタートを切った同館の内藤栄館長に、リニューアルの経緯と今後の展望を伺った。

大阪市立美術館
館長 内藤 栄さん

鑑賞者にストレスを感じさせず 個々の作品に適した最高の見せ方を

工事中、1階中央ホールでは大きな発見があった。1977年の改修時に設置し、同館のトレードマークとなっていたシャンデリアを地震対策のために撤去。設置していた板を剥がしたところ、創設当時の真っ白な漆喰天井が現れたのだ。「88年前のものとは思えないくらいきれいな状態で、びっくりしました」と内藤館長。ほかにも倉庫として使われていた3階の壁からは、戦後のGHQ接収時の落書きが見つかった。こうした「歴史の証人」の足跡は残しつつ、古い写真なども参考にして創建当時の意匠をできる限り再現。中央ホールはオリジナルの天井を活かし、反射光の効果ですっきりと高い開放的な空間に仕上がった。

展示エリアも、展示ケースを一新してより良い環境づくりを追求した。

「展示ケースを入れ替えるときは、その時点で考えられる最高のものを導入することが肝要です。一度導入すれば、30~50年使い続けることになりますから、中途半端なもので妥協すると必ず後悔します」

経験豊富な内藤館長からの要望は多岐にわたるものだった。展示面で重視したことは2つ。まず、作品の持ち味を最大限に引き出す美しい展示。もう1つは、鑑賞者にストレスを与えない展示。展示ケースには、美術品に対峙したときの満足度を高める様々な工夫が求められた。

「通常の壁面展示ケースでは、ガラス面から1mくらい先に掛軸がかけられます。このスペースは学芸員が中で展示作業をするためのスペースなのですが、肉眼で見るにはやや遠い。細部まで描き込まれたものや小品の場合、目をこらして見るのはストレスになります」

作品の種類や大きさに合わせて、適切な距離感で展示できるように、との要望に応えて導入されたのが背面壁可動ケースである。陶磁器や工芸品と、書画のような平面的な作品では、展示に必要な奥行きも変わってくる。長い壁面ケースに一緒に並べたとき、立体的な作品に背面を合わせると、書画は遠すぎて見づらくなる。そこで、ケース内の背面壁を4つに区切り、それぞれを個別に前後に動かし、作品に合わせて奥行きを50cm~120cmの範囲内で調整できるようにした。

「モックアップの段階で注目したのは、背面壁の動き方です。ケース内で掛け軸や額装を展示してから前方へ移動させるので、ゆっくり動いてくれないといけない。停電したときのことを考えて、電動ではなく手動にこだわりました」

リニューアルオープン記念特別展では、背面壁可動ケースは「近世の風俗画」コーナーに使用。入口近くでは奥行きを広くとって6曲1双の「洛中洛外図屏風」(江戸時代・17世紀)を見せ、途中から背面壁をせり出して掛け軸を展示。一番奥に額装の東洲斎写楽「三代目市川八百蔵の田辺文蔵」(江戸時代・1794年)を配した。

「もし1m20㎝離れて写楽を見たら、全く印象が異なるでしょうね。やっぱり来館者の方にも間近でお見せして、江戸の人々を仰天させた大首絵のインパクトを味わっていただきたい」

最高の見せ方を来館者に提供できるかどうかは学芸員次第、と語る内藤館長。リニューアルにあたり、「見た人がため息をもらすくらい美しい展示を」と呼びかけた。無事オープンに漕ぎつけた今、「うちの学芸員のスキルの高さに驚きました。皆リニューアルで腕を上げた気がします」とほほ笑む。

東洲斎写楽「三代目市川八百蔵の田辺文蔵」江戸時代・寛政6(1794)年 大阪市立美術館蔵(植田喜久子氏寄贈)
左肩の上にうっすらと見える「山型にツタの葉」マークは、蔦屋重三郎の版元印。近距離だからこそ判別できる鑑賞ポイント。

平常時の鑑賞も配慮した免震ケースと 大作の展示を叶える特大壁面ケース

地震対策としては、破損しやすい陶磁器などを展示する免震ケースを3ヵ所に設置。免震ケースは一般的にケース内の床に免震装置を組み込むことが多いが、今回はケースの土台部分に免震機構を内蔵した免震展示ケースを採用した。

「ケース内の床に装置を組み込んだ場合、地震の揺れを吸収するために床が前後左右にスライドするだけのスペースを設けなければなりません。しかし、それだけのスペースを確保して、床の中央に作品を置くとガラス面から50cm近く離れてしまいます。これでは小ぶりの陶磁器などは、色柄の細部が見づらくなる。過去に他館で、そんなに遠くには置けないと台の免震を止めて使用した例もあることから、ケース自体を免震にと強く要望しました」

今回のリニューアルで大きな話題を呼んだのが、第13展示室の特大壁面ケースだ。高さが5.5m超にもおよび、展示された曼荼羅図や書画などの大作が鑑賞者に迫ってくる。また、この特大壁面ケースには、大型作品を展示するために、コクヨでも初めての試みとなる電動バトンが採用された。

「電動バトンは作品を吊って上げ下げする機材ですが、一番にお願いしたのは、スムーズな昇降。そして背面壁可動ケースのときと同じく、ゆっくり動くことです。人の手で巻物を広げ、支えながら上げていくので、勢いよくビューンと上がると作品を傷める恐れがあります。重さも大きな両界曼荼羅などは50キロぐらいあるので、ゆっくり慎重に、とお願いしました」

高さ4mまで調整できることから、これまで日の目を見ることのなかった曼荼羅図や書画の大作も展示できるようになり、今後徐々にお披露目されていく。

原寸大モックアップで検証を重ね 理想の展示環境をとことん追求

「リニューアルでやるべきことはすべて実現した」と話す内藤館長。展示に関してはモックアップの役割を高く評価する。たとえば、今回ケースに使用したグレーのクロスは、学芸員からの要望で実現したものだが、「私自身は白やベージュのクロスしか扱ったことがなく、内心どうなるのかなと不安もありました。でも、モックアップで濃淡2色の候補を実際に貼り、光を照射した際の色味の差など比較検証してくれたので、十分吟味できました」

その結果、落ち着いたグレーがレトロな雰囲気が醸し出し、年月を経た展示品をより引き立たせる効果が得られた。

「当館のコレクションは日本・東洋の古美術品が多いので、照明なども非常に難しいのですが、原寸大のモックアップで光のまわり方や見え方の違いを何度も検証実験していただいたおかげで、自信をもって進められました」

日本や東洋の書画は、素材の紙や顔料もすべて自然のものなので、環境が悪いと劣化・破損・変色する恐れがある。文化財級のものになると、温湿度やガス濃度に厳しい規定があり、色褪せしやすい浮世絵などは照度50ルクス以下で調整するように指定されている。オフィスが700ルクスあることを考えると、どれほど暗いか想像がつくだろう。そのかなり低い照度の中で、照射面にムラが出ないよう均斉を取って光を当てるのは至難の業だという。

「もっとグッときてほしいとか、何かパンチが足りないなとか、感覚的な表現で意見を言っても、コクヨさんはうまく汲み取って反映させてくださって」と内藤館長は試行錯誤の日々を振り返り、「モックアップがあったからこそ、満足度が100%まで高まったといえます」と顔をほころばせた。

高さ5.5m超ケースはかなりの天井高が必要となるため、モックアップの設置場所探しから難航したという裏話がある。

作成したモックアップは3種類。写真は濃淡2色のグレーのクロスを貼ったもの。展示室の壁と天井を一部再現したモックアップもある。

珠玉のコレクションを軸とした企画展示に今後いっそう注力

今後は、1階でコレクションや寄託品による企画展示を行い、2階では年間4~5本の特別展を開催していく。リニューアルオープン記念特別展「What's New! 大阪市立美術館 名品珍品大公開!!」(3月1日~30日)のあとは、大阪・関西万博開催とリニューアルを記念して「日本国宝展」(4月26日~6月15日)、「ゴッホ展」(7月5日~8月31日)という2つの特別展が予定されている。

「大阪にいながら日本と世界の名品を鑑賞できるのが特別展の魅力。一方、日本・東洋美術を中心とする当館のコレクションは、我が国屈指の質の高さを誇る内容です。特に中国の石仏は、北魏(386-535)を中心とする造像年が記された作例や、"白玉像"と呼ばれる白大理石を材料とした貴重な作例、中国の三大石窟将来の仏頭など、他館にはない逸品が揃っています。コレクションは美術館の歴史であり、活動の軌跡であり、個性そのもの。もっと多くの方にご覧いただいて、企画展示こそ大阪市立美術館の真骨頂、と胸を張っていえるよう力を入れていきたいですね」と熱く信念を語る内藤館長。大阪のまちで長らく親しまれてきた大阪市立美術館の100周年に向けての歩みがますます楽しみになってきた。

「青銅鍍金銀 羽人」中国・後漢時代・1~2世紀 大阪市立美術館蔵(山口コレクション)
羽人は、古代中国の神仙思想に基づく不老不死の仙人。このたび同館の広報大使に就任した。

Museum data

〒543-0063 大阪市天王寺区茶臼山町1-82
大阪市立美術館
ウェブサイト https://www.osaka-art-museum.jp/

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