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展示ケースの性能・機能を生かし、展示環境を整える学芸員の力

「横浜開港」という歴史を意識し誰にでも開かれた美術館へ

かつて造船所があった一帯を整備して生まれた、みなとみらい21地区。横浜美術館は、みなとみらい駅のすぐ近くに位置し、1989年に開館した。以来、開港以降の横浜と関わりの深い近・現代美術を中心に、国内外の作品を幅広く収集してきた。

現在のコレクションは1万5,000点を超える。マグリット、ダリなど開館時に収集の核となったシュルレアリスムの作品群に加え、開港期から現代までの写真コレクション、また「横浜トリエンナーレ」の出品作家を含む国内外の若手アーティストの作品収集にも積極的だ。下村観山や今村紫紅など、横浜の原三溪が庇護した近代日本画家の作品も収集の柱の一つとなっている。

左右約180mにわたって広がる石造りの外観は、建築家・丹下健三の設計によるものだ。建物全体は左右対称につくられ、壁面には丸と四角を交互に配した「フォルス・ウィンドウ(にせ窓)」が並ぶ。

開館から35年を迎えるにあたり、横浜美術館は大規模な改修工事に踏み切った。丹下建築の雰囲気を残しながら、耐震性やバリアフリー機能を高め、作品をより安全に、かつ鑑賞しやすく展示できる環境を整えることが目的である。建物の長寿命化を目指す工事でもあった。

休館中には、設備を新しくするだけでなく、30年以上にわたる活動を振り返り、これからどのような美術館をめざすのかも、職員一丸となってラウンドテーブル方式で再検討。そのなかで掲げたのが、新たなミュージアムメッセージ「みなとが、ひらく」である。

横浜港にさまざまな人や文化が行き交ってきたように、美術館もまた、多様な人や価値観が出会う場所でありたい。過去と現在、そして未来を結び、訪れた人に新しい発見や学びが生まれる。そんな「港」のような美術館をめざしている。リニューアルに際し、吹き抜けの大空間「グランドギャラリー」を中心とする「じゆうエリア」を新設、入場無料の展示エリアやラウンジを充実させ、アートを眺めながら誰もが思い思いの時間を楽しむことができる空間を創出した。「ポルティコ」と呼ばれる、ファサード沿いに伸びる半屋外の回廊には、屋内と共通のオリジナルデザインのテーブルが置かれ、近隣のオフィスワーカーが昼食をとる姿も見られる。 そしてまた、この機会に展示環境も一新することになった。 「これまでは空調を含め、改修前には施設の老朽化による展示環境への課題が増していました。照明の改修も悲願でした」と語る主任学芸員の内山淳子さん。館内の温湿度のモニタリングや、虫害等から作品を守る展示保存環境衛生のタスクチームを率いている。日本画を専門とし、リニューアル後では初の日本画の展覧会となる「今村紫紅展」を企画した。内山さんに、リニューアルに至った経緯や、改修によって展示がどう変わったのか、今後どのような美術館をめざすのかを聞いた。

横浜美術館
主任学芸員 内山淳子さん

空調、ガラス、照明を全面改修し、展示環境を大幅に向上

「改修前の展示室の温湿度は、外気温や来場者動線の影響などにより、制御に苦労することもありました。ノンエアタイト設計の壁面ケースについても、その影響を受ける心配は絶えませんでした」と内山さん。加えて、開館当時の壁面ケースの素材から微量に発生し続けるアンモニアや有機酸などの有害ガス対策も不可欠であった。「東京文化財研究所の指導を受けながら、展覧会によっては高性能の空気清浄機を稼働させ、さらにガス吸着シートを敷き詰めることも欠かせませんでした」と内山さんは振り返る。

こうした事情から、学芸員全員で協議を重ね、アーカイバル素材によるエアタイト壁面ケースへの改修に踏み切ることとなった。事業者の選定にあたっては、価格に加え、美術館が求める環境保全性能への対応力を検討。その結果、コクヨが壁面ケース2か所(それぞれL字型配置で幅27mと9m、奥行1.2m×高さ5m)の改修を担うこととなった。また、初度調弁備品として、何種類かのエアタイト独立展示ケースも導入した。

いずれの展示ケースも、内装下地材とクロス接着剤には、有害ガスを発生させないアーカイバル素材を使用し、ケース内の空気環境を安定させる基盤を整えた。なお、壁面ケースは、ケース内外の空気環境に応じて、気密性能をノンエアタイトに切り替えることもできる。「ケース内の作品自体が微量のガスを発する恐れがある場合などに備えて、ノンエアタイト設定に切り替えて強制換気し、ケース内の空気の沈着を防げるようにしてあります。改修後は展示室じたいの空調機能とフィルター性能も大きく向上しているため、この機能はとても有効です」

続いて重視したのは、低反射ガラスである。以前のケースのガラスは低反射ではなく、「来館者から『反射して見づらい』という声もありました。低反射ガラスへの変更は最優先事項の一つでした」と内山さんは話す。

また、壁面ケースのガラスは1枚当たりの幅を4m以上に広げ、目地(継ぎ目)の数も減らした。そのため、屏風などの大型作品も目地に重ならないように展示しやすくなった。壁面ケース内部の高さは3.2mまで拡大。「高さが十分に確保できたおかげで、長尺の掛軸を展示する際にも表具の『天』や『地』を巻き上げることはほぼなくなりました。以前よりも美しく、表具への負荷もより少ない展示ができるようになりました」

もう一つ重視したのは、照明環境である。展示室の天井照明と展示ケース内の照明をすべてLEDに更新。改修前の美術館用蛍光灯やハロゲンランプと比べて、より優れた操作性と環境制御が実現した。

「今村紫紅展」展示作品。<枇杷叭叭鳥>(伊豆市蔵)
六曲一双の屏風に、2本の枇杷の木と5羽のハッカチョウを描いた作品。幅4m以上の大型ガラスを使っているため、幅のある屏風もガラスの継ぎ目にかからずに展示できる。

学芸員の特殊な要望にもコクヨのエキスパートが対応

日本画を担当する内山さんが他にも要望したのが、壁面ケースの側面に設けた、小扉である。人が出入りできるだけの背の低い小扉で、横浜美術館では通称「にじり口」。壁面ケースでは珍しい仕様だ。現代アート展や海外美術展も多く開催する横浜美術館では、企画展の内容によっては壁面ケースを使わず、ケース前面のガラスをすべて可動壁で覆い、展示室全体が白い壁面から成るいわゆるホワイトキューブをつくる。この状態でケース内の温湿度や空気環境を点検する場合に、この小扉を使う。

「ケースを使用する展示中に作品の状態を緊急点検する際などにも、大きなガラスを開放せずにケース内に速やかに入れます。改修前にはなかったこの小扉は、必須と考えていました」

小扉自体もエアタイト構造とし、閉じた状態ではケース内の気密性が保たれるようにした。こうした現場ならではの要望を踏まえ、コクヨ側と仕様を詰めていったという。「コクヨさんには美術館の旧来の課題に向き合い、対話を重ねながら、美術館が求める性能と構造を一緒に一つずつ整理していってもらいました。現在も細やかにアフターケアをしてくださっているケース設計者が常に丁寧に対応してくれ、安心して改修を進めることができました」

新しい展示ケースは、来館者からも好評を得ている。低反射ガラスの導入と、LEDの高い指向性を活かした配光によって映り込みが抑えられ、作品の細部まで見やすくなった。現在は、静電気吸着シート製のキャプションをガラス表面に貼付し、展示を妨げずに作品情報を示している。

リニューアルを機に、展示方法についてもあらためて全員で協議を重ねた。たとえば、作品をゆったりと展示し、解説パネルのデザインや内容も読みやすさを熟慮して、様々な来場者がそれぞれのペースで心地よく鑑賞できるよう、各展の担当者は細心の注意を払っている。また、展示室や通路には休憩用の椅子も数多く配置されている。「ガラスや照明の改修で作品が見やすくなっただけでなく、『ゆっくり鑑賞できた』『休憩しながら疲れずに回れた』という声も増えました。設備の改修をきっかけに、展示のつくり方そのものを考え直すことができたと思います」

ハード面の改善は、展示する作品の選び方や見せ方にも変化をもたらした。「開かれた、多様な人々へ」という館のビジョンに沿い、さまざまな来館者がその人のペースで鑑賞できる空間づくりが進んでいる。

「今村紫紅展」展示作品。<絵巻物模写 蒙古襲来絵詞>(横浜美術館蔵)
10代の紫紅が伝統的な画法の修行に勤しんでいた時期に、古画を忠実に写した作品。同展では代表作だけでなく、こうした模写も紹介し、紫紅が古典から何を学び、自らの表現へつなげていったのかを探った。

「今村紫紅展」展示作品。<平親王>(横浜美術館蔵)
今村紫紅27歳の作品。天皇の逆賊を描くことはタブーとされていた時代、あえて大画面で挑戦した。絵絹や顔料への光の影響を抑えるため、低い照度で展示しているが、大型の掛軸作品でも上下の照度が均一になるようケース内のライティングが吟味された。

適切な展示環境を保つ知見を若い世代に伝えていきたい

「高性能なケースを導入すれば、それで終わりではありません。学芸員全員が適切な展示環境を守る意識を共有し、常に最善の状態を保つ努力を続ける必要があります」

横浜美術館では、近代美術から現代アートまで、幅広い作品を扱っている。とくに現代の作品では多種多様な材料が使われ、それがケースの空気環境の乱れにつながってしまう場合もあり得る。

「当館のように様々な時代やジャンルの作品を扱う館が、常に良好なケース環境を維持していくことは、簡単ではありません。いかに高機能なケースでも、適切に使用しなければ本来の性能を発揮できません。だからこそ、すべての学芸員がケースの特性をよく理解した上で扱い、良い状態を保つためのコミュニケーションが大切になると思っています」

そのため館では、日々の仕事を通じて、経験のある職員から若い職員へ知識や技術を伝えることを重視している。展覧会の準備は複数名によるチームを編成して進め、作品の取扱い方はもちろん、展示ケースの操作、環境保全面での留意点などもOJTで伝え、若手にも責任ある仕事を任せている。

展示ケースの性能・機能と人の経験が重なったとき、展示の可能性はさらに広がるだろう。横浜美術館でこれからどのような見せ方が生まれるのか、次の試みが幕を開ける。

Museum data

〒220-0012 神奈川県横浜市西区みなとみらい3-4-1
横浜美術館
ウェブサイト https://yokohama.art.museum/

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