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より高い再現性を追求し、こだわり抜いた展示環境

いにしえの時代から眠っていた8万点もの国宝を所蔵する神宝館

福岡県宗像市にある宗像大社には、天照大神の三柱の御子神である宗像三女神がまつられている。田心姫神(たごりひめのかみ)、湍津姫神(たぎつひめのかみ)、市杵島姫神(いちきしまひめのかみ)という名の三女神で、田心姫神がまつられているのが、沖ノ島にある沖津宮(おきつぐう)、湍津姫神は大島にある中津宮(なかつぐう)、市杵島姫神は宗像本土の辺津宮(へつぐう)にまつられている。宗像大社とは、この三宮を総称した呼び名である。

宗像三女神信仰の根幹となる沖ノ島は、九州と朝鮮半島とを結ぶ玄界灘のほぼ真ん中に位置することから、三女神は海上交通の守り神とされてきた。4世紀後半から9世紀には、大和朝廷による国家祭祀が行われ、数多くの宝物が沖ノ島に奉納された。その頃はまだ社殿はなく、巨岩を神が降臨する「磐座(いわくら)」とする自然崇拝だったが、現在は沖津宮社殿が鎮座し、そこで毎日、神まつりが行われている。

また、沖ノ島は御神体とされ、いまでも禊(みそぎ)を済ませないと島に入ることはできない。しかも、島の草木などを持ち出すことはおろか、島の様子を外で語ることは禁忌とされ、長い間、島の詳細はわからないままだった。

沖ノ島に再び光があてられたのは、昭和に入ってからのことだ。宗像大社は『古事記』や『日本書紀』にも三女神の誕生や降臨などが記述されている由緒ある神社だが、当時、大社は荒廃していた。この歴史遺産の風化を憂いた宗像市赤間出身で出光興産の創業者、出光佐三氏は1942年に宗像神社復興期成会を結成。佐三氏の尽力のもと、まずは神社史の研究、編纂が着手されることとなった。

さらに、1954年から1971年にかけて、沖ノ島で本格的な学術調査が行われ、古代の祭祀の跡から銅鏡、武器、工具、装身具、馬具などの8万点もの出土品が発掘されて、その後、すべてが国宝に指定された。その規模や歴史的価値の壮大さによって、沖ノ島は「海の正倉院」と呼ばれるほどである。2017年には、宗像三女神をまつる宗像大社の信仰とそれに関連する史跡・文化財が「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群として世界文化遺産に登録された。

発掘された貴重な沖ノ島神宝をはじめ社伝の宝物は、宗像本土の辺津宮の境内に1980年に建築された神宝館に長年、収蔵・展示されてきた。そのようななか、2013年に展示のあり方、とくにライティング方法を見直し、館のメインである沖ノ島神宝の展示を全面リニューアル。2018年には、保存管理や防犯対策から、コクヨの最新の展示ケースが6台導入された。導入に至る経緯などを、主任学芸員の福嶋さんにおうかがいした。

宗像大社 文化局 主任学芸員
福嶋 真貴子さん

照明の品質と色味、そして、シンプルなデザインを徹底追及

「展示ケースを新たに導入した一番の理由は保存環境の整備と防犯のためですが、同時にせっかくの機会なので、展示品が自然な色で細部までしっかり鑑賞できるよう、照明にも徹底的にこだわりました。2013年に全面リニューアルしたときも、やはり保存と鑑賞の両面で展示環境を向上させるため、すべて文化財に安全な高演色のLEDのスポット照明に一新しました。室内の照明をやや暗くして、展示品を主体にスポットをあてる方法で、展示品と静かに向かい合い、ゆっくりと鑑賞できる展示環境をつくることをめざしました。新たに導入した展示ケースの照明も、その環境にぴったり合うように、納得いくまで品質や色味を吟味しました。また、主役である展示品にダイレクトに目がとまるように、展示ケースのデザインも極限までシンプルにして、ケースの存在感を消したつもりです」と福嶋さんは想いを語る。

さらに、照明やデザインだけでなく、現在の最新の機能と性能が追求された。

こうした条件を満たす展示ケースメーカーとして白羽の矢が立ったのがコクヨである。もともと福嶋さんはサントリー美術館や根津美術館など、コクヨの実績を見て技術力の高さに一目置いていたそうだ。その後、コクヨの担当者に門司と東京の出光美術館や春日大社国宝殿の展示ケースを案内してもらい、そこの学芸員に操作性などを詳しく聞いたりした。そして、他社の事例とも比較し、最終的に目標達成が叶いそうなコクヨからの購入を決定した。

「コクヨさんの技術力は以前からある程度知っていましたが、実際に導入された美術館を見学させてもらい、改めて素晴らしいと思いました。細かなところまで配慮がゆきとどいていることもよくわかりました。レベルの高い実績を見せてもらったおかげで、もっと良い展示ケースにしたいと意欲が湧いてきました」と福嶋さんは笑う。

国宝の6世紀の金銅製龍頭一対。口元の牙の部分や表面に刻まれているうねりの形状が影にならないように、下部スポット照明がうまく使われている。

モックアップ検証を繰り返すことで得られた納得感と満足感

希望に沿う展示環境を実現するためには、モックアップによる検証が必須である。今回の展示ケース導入の際も、主要なものについては、数度にわたるモックアップ検証が繰り返された。

検証すべき課題の一つは、いうまでもなく照明である。色味については、従来使ってきたLEDを予定していたが、念のために複数のメーカーのLEDを取り寄せて見比べたうえで、従来品が選定された。もちろん、光源の位置や照射角なども同時に入念にチェックされた。

行灯型独立展示ケースの下部のスポット照明にはズーム機能が搭載されているが、この採用を決めたのも検証を通してである。展示品の大きさや形状に合わせて、ズームイン・ズームアウトすることで、照射範囲が適切に選べるという、高付加価値な機能である(展示室内紹介ページ参照)

のぞき型独立展示ケースについては、奥行きが800mmと標準のサイズより少し大きいため、どうすれば手前と奥の枠内の照明で展示ケース内の均一な照度が得られるが何度も試された(展示室内紹介ページ参照)

なかでもとくに試行錯誤を重ねたのが、神宝館の代表的な御神宝である金製指輪を展示するケースである。この展示コーナーには、展示室壁面の説明パネルを照らす照明のほかには室内照明がまったくなく、暗い空間に金製指輪だけが浮いて見えるような展示をめざした。その効果を引き出すために、指輪だけに光があたるよう超狭角のスポット照明を3台採用。正面中心部の手前、中央、奥と縦に並べて、3方向からピンポイントでライティングされた金製指輪が空間に浮かび上がり、鑑賞者に迫ってくる(展示室内紹介ページ参照)

照明以外では、展示ケース内装のクロスの色や展示台の高さなども検証された。こうした入念な検証作業を経て、鑑賞者が国宝の素晴らしさに真正面から対峙できる、納得のいく展示環境が実現した。


8~9世紀頃の金銅製のミニチュア織機(国宝)。精巧な造りがほぼ当時のまま残っており、実際に織りなすこともできる。
指輪や銅鏡よりもサイズが大きいため、1,100mm角のやや大型の行灯型独立展示ケースを特注した。

いまも続く学術研究による新たな成果を紹介していきたい

「金製指輪を浮かび上がるように見せたいというのは宮司の強い希望でしたが、とても満足のいくものができました。コクヨさん側のスタッフは、ご苦労されたと思います。でも、私たちの要望に真摯に向き合い、逆にいろいろと提案していただき、おかげで良いものができました。コクヨさんにお願いして、ほんとによかったと思っています」(福嶋さん)

神宝館は、これまで常設展示を基本としてきた。貴重で稀有な祭祀神宝を数多く所蔵しているため、年2回の展示替えを継続して行ってきた。その基本方針はいまも変わらないが、ただ2年前に世界文化遺産に登録されたこともあって、今後は特別展も企画して、多くの人にその魅力を発信していく計画である。

「沖ノ島の祭祀遺跡や神宝は、まだまだ研究の余地が残っています。現在、新たな視点で学術的な整理作業や調査研究を進めており、新しい成果が生まれています。ですので、これからも新しい知見を積極的に紹介していきたいと考えています」と福嶋さんの夢は広がる。


ミュージアムのご紹介

〒811-3505 福岡県宗像市田島2331
宗像大社神宝館
ウェブサイト http://munakata-taisha.or.jp/html/shinpoukan.html

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