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魯山人の多才な魅力を島根から世界へ

横山大観と日本庭園に続く、足立美術館の魅力、北大路魯山人

横山大観のコレクションと日本庭園で有名な、島根県安来市にある足立美術館が創設されたのは、いまから50年前の1970年のことである。

創設者の足立全康(あだちぜんこう)氏は、安来市出身(当時は飯梨村)の実業家で、貧しい小作農から裸一貫で事業を興し、大阪に出て繊維問屋や不動産関係の事業で成功を収めた。子どもの頃から日本画に興味があったことから、事業のかたわら日本画を収集するようになり、いつしか美術品のコレクターとして知られるようになった。なかでも横山大観の作品に心を奪われ、並々ならぬ熱意を持って収集。現在、所蔵する横山大観の作品は初期から晩年まで約120点を数える。

全康氏の晩年となる1970年、郷土への恩返しと島根県の文化発展の一助となることを願い、所蔵品を公開する足立美術館を創設するに至った。コレクションの充実していた横山大観の作品が展示の中心となったが、同時に「庭園も一幅の絵画である」という信念のもと、壮大で美しい日本庭園を作庭した。この日本庭園の評価も高く、アメリカの日本庭園専門誌『ジャーナル・オブ・ジャパニーズ・ガーデニング』が実施している日本庭園ランキングで、初回の2003年から17年連続で日本一に選定されている。

そして、このたび2020年4月、足立美術館開館50周年を記念して、北大路魯山人の作品を専門に展示する魯山人館を新たにオープン。開館記念展では、書、篆刻、陶芸、絵画、漆芸など、魯山人の生涯にわたる様々なジャンルの作品120点が公開された。

魯山人館を開館した経緯などを、学芸部長の安部則男さんにお聞きした。

足立美術館 学芸部長
安部 則男さん

北大路魯山人は、書や篆刻をはじめ、陶芸、絵画、漆芸など様々な分野で活躍したマルチアーティストである。
新しくオープンした魯山人館では、こうした魯山人の多才で独特な世界をゆっくりと鑑賞できる。

魯山人の作品は明るい場所で見るべき、との想いのもと、独自の照明環境を実現

「足立美術館といえば、横山大観を思い浮かべる方が多いと思いますが、北大路魯山人のコレクションも大観と並ぶぐらい充実しています。実際、これまでに何度か魯山人展を開催したことがあり、いつも好評いただきました。外国の方にも、とても人気があります。そこで開館50周年の記念事業として、魯山人を専門に展示する施設を作り、当館の次の柱として育てていこうと、魯山人館を新設することになったのです」と安部学芸部長は語る。

創設者の全康氏が収集した魯山人の作品が約200点。その後、創設者の遺志を継いだ足立隆則現館長が精力的に良質な作品の収集を続け、現在では約400点を所蔵するまでになった。それだけに、魯山人館の建設にかける足立隆則館長の想いは非常に強かった。

「魯山人館に来ていただいた方は、まず展示室が明るいことに気づかれるはずです。これは、魯山人の作品は明るい場所で見るべきものである、との館長の想いによるものです。

これを実現するために、展示室の室内照明をすべて間接照明にすることが検討されたのですが、実際にどうなるか見てみないと、なかなか判断できません。そこで、照明デザイナーの方が小さな模型を作って見せてくれました。よし、これでいこうと決断できたのは、模型で実感することができたからです。おかげさまで、間接照明の柔らかい光が室内全体にいきわたり、満足のいく照明環境が実現できました(展示室内紹介ページ参照)」(安部学芸部長)

展示室の室内照明は、すべて壁面展示ケースの上部の見えない箇所に設置されている。
そこから照射された光が天井面に反射し、均一でやわらかい間接光として室内全体にいきわたる。

最新技術と優れたデザインで展示ケースの存在感を極力排除

もう一つこだわったのが、展示ケースの存在感を極力なくすことである。いうまでもなく、主役は魯山人の作品だ。集中して作品を鑑賞できるように、視界のじゃまになるものを可能な限り排除し、シンプルな展示ケースが追求された。

幸い、室内の間接照明だけで作品をライティングできるようにしたため、通常、展示ケースの上部に設置される照明ボックスをなくすことができた。ただし、必要に応じて補助光を使えるよう、マイクロスポット照明を仕込めるようになっている。また、ガラス同士をつなぐ枠もなくしたため、完全なガラス体の展示ケースとなった(展示室内紹介ページ参照)。それに加えて、ガラス自体に低反射高透過ガラスを採用しているため、光の反射や映り込みが、まったく気にならない程度に解消できている。

「壁面展示ケースを設計する際、コクヨさんには、約7m幅の実物大のモックアップを作っていただきました。それで腰パネルの色やケース内のクロスの種類を実際に見ながら、選定しました。館長が畳にもこだわり、展示ケースの床や展示台の上には和紙畳を敷くことにしました。照明を決めたときと同じように、モックアップで実物を見て納得しながら展示環境を作り上げていきました。

そのほかにも、様々な難しい要望をお願いしましたが、コクヨさんには一つひとつ誠実に対応していただきました。おかげで、館長も私も理想に近い展示環境ができたと喜んでいます」(安部学芸部長)


魯山人館の展示ケースのガラスは、壁面、独立型、のぞき型のすべてに低反射高透過ガラスを採用。
光の反射や映り込みがほとんどないため、鑑賞者は作品に集中できる。

型にはまらない大らかな魯山人の世界を発信していきたい。

魯山人館はオープンしたばかりで、この取材をしたときは開館記念展が開催されていた。安部学芸部長は北大路魯山人のコレクションを、横山大観と日本庭園に次ぐ、足立美術館の大きな柱に育てていきたいという。

「北大路魯山人は子どもの頃、非常に苦労されています。もともとは日本画家に憧れたようですが、学ぶ機会にも恵まれず、最初は独学で書や篆刻を始めました。その後、陶器、絵画へと分野を広げていくのですが、すべて特定の師匠につかず独学で習得したため、彼の作品は型にはまらず、とても大らかなものが多いですね。

ご存じの方も多いと思いますが、魯山人はまた料理家としても有名です。料理を盛る食器や食卓を彩る花器、食事をする部屋を飾る絵画なども含めて、食と美を総合的な芸術だととらえていました。だからだと思いますが、料理に旬の素材を使うように、陶器の図柄や絵画の多くに椿や桜、紅葉、葡萄など、四季折々の自然が描かれています。いずれも魯山人独特の何とも言えない趣があります」

開館記念展では新収蔵品を含む120点の作品が公開されたが、今後は3か月に一度、展示を入れ替えていく予定だそうだ。北大路魯山人の魅力を凝縮した「魯山人芸術の宝庫」ともいうべき魯山人館を、島根の地から日本のみならず、広く世界に向けて発信していきたいと、安部学芸部長は締めくくった。


酒の席で興に乗って一気に書き上げたといわれる「いろは屏風」。入りきらなかった文字を最後の一面にまとめて書いたり、書き忘れた文字を小さく付け加えたり、細かなことにこだわらず、伸び伸びと表現されている。

ミュージアムのご紹介

〒692-0064 島根県安来市古川町320
足立美術館・魯山人館
ウェブサイト http://www.adachi-museum.or.jp/

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